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人との距離に向き合う日々|世間の当たり前の中で

夫が生きていた頃

「子供が三人になったら
 新しい車を買おう」

そんなことを
よく話していました

当時乗っていたのは
普通サイズのセダン車

子供たちを乗せ降ろしするには
少し不便で

「次はスライドドアの車がいいね」

そう話をしていました


夫が考えていた車は
少し大きかったので

私は

「もう少し小さくて
 私でも運転しやすい車にしよう」

そう思いながら
いくつものショールームを
見て回っていました

上の子たちを連れて行く日もあれば
三人の子を両親に預かってもらい
一人で見に行く日もありました

そんな時
どこのお店でも
よく聞かれた言葉がありました

「今日 ご主人は?」

「ご主人とご相談されますか?」

「今度はお父さんも一緒に来てくださいね」

もちろん
悪意はなかったのだと思います

ご夫婦で来られる方が多く
そういう会話が
自然だったのでしょう

だから私は

「私が購入するので
 大丈夫ですよ」

あるいは

「夫はおりませんので
 私が決めます」

と答えていました

すると
少し驚かれたり

「ご家族とも相談されますか?」

と聞かれたり

時には

「中古車もございますよ」

と勧められることもありました

その言葉に
傷ついたわけではありません

けれど

夫婦が揃っていることが
当たり前で
自分だけが
違う場所に立っているような

そんな寂しさを
感じることはありました

また
見積をお願いすると
住民票の住所を書いていたため

「ご主人はいらっしゃいますか?」

と 義母の家へ
訪ねて来られた方もいたそうです

私の名前を書いていても
どこかで

「ご主人に確認を」

という流れになることも
当時は珍しいことではなく

きっとそれも
ごく自然な対応だったのでしょう


夫婦でいることが当たり前
父親がいることが当たり前

そういう前提で
周囲は動いていて

その当たり前から外れた時

「自分は違う場所にいるのだ」

そう 心の傷が広がっていくように
感じることもありました


私はこの頃
夫を亡くした悲しみだけではなく

「夫がいない人生を生きていく」

という現実と
何度も向き合っていたのだと思います

それは決して
誰かが悪いわけではなく

当時の
世間の当たり前と
自分の現実との間にある

小さな寂しさでした


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