その瞳に宣戦布告
あざといのは、その声。
ちょっとだけ鼻にかかったような、低くて甘い声。
その声で名前を呼ばれたり、私のなんでもない話に笑われると、とたんに鼓動が跳ねる。
耳なじみの良いその声は、心地よくもあり、息苦しくもあった。
あざといのは、その目。
何を考えているのか分かりづらい目なのに、どうしてか惹かれてしまう。
深い湖みたいに澄んでいて、何もかもを見透かされているような気持ちになる。
この気持ちが絶対にバレないように、と必死になっていることすらバレていそうで。
その目がたまに温かな温度を宿してこちらを見るから、顔が赤くならないように必死にこらえている。
あざといのは、その距離。
普段の授業の時、やけに距離が近いように感じるのは私だけだって気づいてる。私の声が小さくて聞き取りづらいだけかもしれない。
私が自習室で勉強をしていると、隣に座って話しかけてくるけれど、これだって他意はないはずだ。
いつもそうやって、他の生徒にも同じように接しているのだろう。
そんな分かりきっていることにさえ意識して、気持ちが浮き沈みして、口元が緩むのをこらえる私はやっぱりバカだ。
あざといというか、ずるい。
分かっててやってるんだとしたら確信犯だし、素だというならなおのことタチが悪い。
できたら前者であってほしい。
あぁでも、それだと私の気持ちがバレてしまっていることになる。
絶対にバレないようにしていた。
塾の先生と生徒という立場上、私のこの気持ちは迷惑になる。
高校生の私と大学生の先生。
年齢は5つしか離れていないとはいえ、あちらからしたら子どもだろう。
困られるのも面倒くさがられるのも嫌で、お得意のポーカーフェイスで誤魔化していた。
たまに堪えきれす耳が赤くなってしまって、どうかそれがバレていないようにと願っている。
今日だって、昨日の授業の時に「明日は自習に来るの?」なんて聞かれたから、そんな予定はなかったのにまんまと来てしまった。
悔しいはずなのに、先生に会えて嬉しいという気持ちもあって、めちゃくちゃだ。
ノートとテキストを開きながらも、ペンは少し前から進んでいない。
理由は一つ。
先生が自習室に入ってきたからだ。
参考書か何かを探しにきたようで、一瞬こちらを見ては、本棚に視線を戻していた。
ちょうど授業と授業の間だ。
次の授業で使うのかもしれない。
冷静に考えているフリをして、鼓動は正直だ。
テキストを目でなぞったって、いっこうに文字が入ってこない。
自分の心が自分で制御できなくて、頭と心が追いついていかない。
理性ではないところで、勝手に体が動いてしまう。
これが恋だって言うなら、もういい。
とことん振り回されてやる。
目当てのものが見つかったのか、参考書を片手に先生がこちらへと向かってくる。
好きになった方が負けだというなら、それでもいい。
どんなに苦しくて切なくても、どうせ、この気持ちからは逃げられないのだから。
隣へと座る、いつもより少しだけ温度が滲んだその目に、心の中でそう宣言した。
片想い文芸部の第六回お題「あざとい」に参加させていただきました。
私も学生の頃、塾の先生に恋をしていた時がありました。
当時は、先生と生徒という関係がもどかしく切なかったですが、その関係だったからこそ今でも綺麗な思い出として残っているのかもしれません。
とはいえ、ラブレターを書いて渡すかどうか迷うくらいには好きだったので、もしお付き合いできていたらそれはそれで楽しかったんだろうなとは思います。(結局恥ずかしくて渡せませんでした)
いいなと思ったら応援しよう!
応援していただけると嬉しいです。
文学フリマなどのクリエイター活動費として使用させていただきます。