聖夜にチーズケーキを添えて
聖夜だ、ホワイトクリスマスだと浮き足だった街。
雪は降ってはいるものの積もるほどではない。
それでも陽が落ちて暗くなった空から降り注ぐ、白い花びらのようなそれはクリスマスを楽しみにしている人の気持ちを上げるには十分らしい。
年末も差し迫り、今日中に終わらせないといけない仕事をどうにかやり終えた19時30分。
残業のせいで潰れた予定なんてものはないが、こんな日でも仕事の追われている自分に悲しさを通り越して笑えてくる。
お昼くらいから降りはじめた雪は勢いこそなくなり、今ではほとんどみぞれのようだったが、この夜に華を添えようとしている。
駅に向かうまでの通りは、愉快なクリスマスソングと煌びやかなイルミネーションとで彩られていて、否応なしにそのイベントを伝えてくる。
すれ違うカップルに目がいってしまうことを、今日くらいは許してほしい。
不毛な想いだった。
彼に彼女がいることは出会った時からわかっていたし、普段の話からもその彼女を大切に思っているということは誰が見ても明白だった。
なのに、好きになってしまった。
少しだけ歳上の彼の頼りがいのあるところ、仕事に対する姿勢、周りの人へのさりげない気遣い。
どこが好きか、と聞かれたらキリがないくらいに浮かんでくる。
今頃彼はオードブルやケーキ、シャンパンが並ぶテーブルを彼女と囲んで笑いあっているのだろう。
もしかしたら、嫌というほど目に入る高層ビルのどこかで素敵なディナーを食べているかもしれない。
こんなことを考えてしまう悪い子だから、いつまで経ってもクリスマスにサンタはやってこないのだ。
そもそも、サンタさんからプレゼントがもらえるような年齢でもないのだが。
どんどん沈んでいく思考を無理やり振り払うように顔を上げた。
ポタ、と頬に何かが触れて、反射的に目を瞑った。
雪ではなくて、雨だった。
最後の力を振り絞った雪は、雨へと形を変えていたらしい。
これから強くなるのか一時だけなのかはわからないが、とりあえず傘をさすことにする。
傘をさせば、この鮮やかな世界の中に自分だけのスペースができた気がして、ほんの少し気持ちが落ち着いた。
雨で濡れた地面に、飾りつけられたイルミネーションが滲んで映る。
「本日限定販売のクリスマスケーキ、残り1つとなっていまーす!」
突如、耳に入ってきたよく通る高い声。
視線を向ければ、サンタ帽を被った売り子の女性が移動販売車の前で呼びかけている。
そういえばケーキすら買っていない。
クリスマスだからというよりは残業を頑張った自分へのご褒美だと、心の中で一人言い訳をし、傘を閉じながら、ゆっくりとそちらへと近づく。
売り子の女性がおすすめしているホールケーキは、サンタとトナカイが添えられたかわいらしいデザインだった。
食べ切れるはずもないホールケーキを買うわけにはいかず、かといって買わないでこの場を離れるのも気まずく感じ、どうしようか悩む。
店員の視線を肌に受けながらもショーケースの端から端まで目を走らせると、隅っこの方に一つだけカットケーキが残っていた。
イチゴもチョコも何もない、クリスマスには少しだけシンプルに感じるケーキ。
目の悪い私が、それをチーズケーキだと認識するまでに数秒かかった。
華やかなケーキはすでに売れてしまったのか、ショーケースの中にはそのチーズケーキだけがひっそりと残っている。
特別チーズケーキが好きなわけでもないけれど、広いショーケースの中で静かにただすむそれに妙な親近感を覚えて、つい注文してしまった。
ありがとうございました!と素敵な笑顔で見送る女性に、軽く頭を下げて背中を向ける。
今度こそ駅へ向かおうと、閉じた傘に手をかけたところで気づいた。
暗い空からは雪も雨も落ちていなくて、かわりにぼやけた月がうっすらと光っている。
あれだけ耳についていたクリスマスソングも、微笑み合うカップルも、ケーキを買っている間にどこかへ消えてしまったようだった。
時計を見ればもうすぐ20時。
これから始まる静かな聖夜に、白い息をそっと吐いた。
片想い文芸部が期間限定復活ということで、参加させていただきました。
今日はクリスマス・イヴですね。
我が家は昔から25日の夜にケーキを食べていましたが、みなさんは24日にケーキを食べるのでしょうか。
あいにくの天気ではありますが、穏やかな夜を過ごせますように。
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