ある日の遺失物
ショルダーバッグを落としたことがある。そんなに昔じゃなく、さして特別な日でもなかった。大した用事もなく、何気なくショルダーバッグを肩に掛けて家を出た。
「図書館にでも行くか」
自転車で移動しているうちに、その存在を意識することもなくなり、いつもの日常の中に溶け込んでいった。
だが帰り道、ふとした瞬間に全身でその違和感を察知した。
手元に何もない。
「ショルダーバッグがない!」
そう気づいた瞬間、心が一気に凍りついた。財布、携帯、マイナカード、免許証。大切なものがすべて入っている。そこに“あるはずのもの”が忽然と消えてしまった時の衝撃と心の奥から突き上げられるような不安は、言葉では言い表せない。胸のざわめきが止まらず、急にこの世界から身を切り落とされたような心細さに襲われた。
所有者から離れた遺失物は、本来のあるべき場所、所有されている者を語ることは一切しない。黙して語らない物は、ただ今ある場所に佇むしかないのだ。物への愛はいつも一方通行の片思い。愛されることしか知らない。こちらが嫌えばそれまでの話だ。何とも無機質な関係にもなり得る。
急に引き寄せようとする気持ちで、必死に記憶を辿った。
行動範囲はそれほど広くない。どこに置き忘れたのかを思い返しているうちに、公民館のトイレに立ち寄ったことを思い出した。
「あそこかもしれない。」
そう思い、自転車で駆け出した。トップスピードで息を切らし、肺が爆発しそうになりながら公民館に到着。急いでトイレを確認する。しかし、そこにはもう無かった。公民館の職員にも事情を話すも、遺失物は届いておらず、行方不明のまま。そこで頭をよぎったのは、「盗られてしまったのかもしれない」という底しれぬ不安だった。お金、クレカ、免許証、携帯、個人情報…「お前は全てを盗ったのか?」「ぜんぶ返せ!」
防衛できることは速やかにしないと!
どうしようもない焦りを抱えながら、次に思いついたのは警察への電話だった。かなり時間が経過していた為だ。落とした場所やバッグの特徴を伝えると、電話口の警察官が言った。
「それらしき物が届いていますよ。」
それは起死回生の一言に聞こえた。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな光が灯るのが分かった。
預り場所は最寄り駅前の交番。僕は急いでその交番へ向かった。その物であることを祈りながら、交番へ飛び込み、「先ほど電話した○○です!」と伝えると、お巡りさんは奥から無造作にバッグを持って現れた。見慣れたショルダーバッグを持って。いつも手元にあるものが、普段は意識にほとんど上がらない駅前交番にある光景が何とも不思議だった。でも、
「あった……!」
その瞬間、全身から力が抜けるような安堵感に包まれた。
中身についていくつかのヒヤリングを受けた。どんな物が入っていたか。どんな形状かも。それらを現に確認すると、何一つ失われていなかった。身分証を見せ、受け取りの手続きを終えたあと、お巡りさんが小さな声で教えてくれた。
「公民館のトイレで拾われていましたよ。」
やはり、あの場所だったか。
もう一つ、お巡りさんはこう続けた。
「拾い主の方は、匿名を希望されています。」
僕は名前も顔も知らない誰かに、深い感謝の念を抱いた。あたたかい感覚だけが心に広がっていく。誰かに守られたという言葉にならないあたたかい感覚。
直接お礼を伝えることはできない。それでも確かに、人の優しさが心に熱く残った。見返りを求めず、ただ当たり前のように誰かを助ける。その行為が、どれほど人の心を救うのかを、僕はその日初めて実感した。
人を信じられるということ。
信じていいんだということ。
それは、とても尊い感情なのだと思う。そして、そこから僕の人生観すら変わったと思う。誰かの思いやりによって救われた心は、また別の誰かへとその優しさを渡したくなる。人と人との間に小さな安堵の絆が生まれていくことの喜び。そして、その優しさが静かに循環していくことの喜びがある。
あの日、名前も知らない誰かが渡してくれた温もりを、今度は自分が別の誰かへと手渡していきたいと思う。それは今日も変わらず心に生き続けている。人は誰か特定の人じゃなくても、心から人を思いやり、お互いに助け合っていこうとする気持ちを持つことができる。そんな人として極めて大切で尊いことを、僕の知らない人が静かに教えてくれた。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
