【実録】カツカレーを過剰摂取したとき人体に何が起きるかという話
母校の近所に「イタリアン」という名の定食屋があった。
名前とは裏腹にイタリア料理屋ではなく、雑多な学生向けメニューを提供する店だった。
高校時代を身長174cm・体重48kgの奴隷ボディで過ごした私は大学に入って一念奮起し、体育会の部活に飛び込んだ。
その部活には、新人が〇〇点以上取ったら「イタリアン」のカツカレー大盛りを食べさせる、という通過儀礼があった。
身体に鞭打って先輩の指導に食らいつき、ついに私も基準点を超えることができた。
心躍らせながら「イタリアン」へ向かったのであるが、到着してみるとそこは、居酒屋より暗い蛍光灯が汚い壁を照らすほら穴のような店だった。
せめて愛想よくあってほしい大将と女将さんには笑顔の一つもなく、「カツカレー大盛りね」と事務的に復唱した。
いよいよカツカレーのお出ましである。
目測直径30cm超の皿に、カレーより茶色いカツを頂いたカレーが文字通り小山のような存在感を放っていた。
「大盛り」と呼ぶのもはばかられる、暴力的なボリュームであった。
カツ以外に目視できる具材はない。
一口食べて衝撃を受けた。
マズい。
カレーなのにマズい。
ご飯もマズければルウもマズい。
ネギとニラをギリギリ区別できるぐらい違いが分からない私が一口目で刮目するほど、すこぶるマズいのである。
奴隷ボディにコンプレックスを抱いていた私は部活に入ってから増量に余念がなく、常日頃から人より多く食べることを心がけていた。
ウマいだとかマズいだとかそんな甘っちょろいことは言うまいと心に決めていたつもりだったが、それまでの人生でカレーに裏切られた経験はなかったのでいささか面食らった。
さて、才能のない人間にとって、大食いの基本は早食いである。
序盤はスピード勝負だ。
血糖値が上がり始める前に一口でも多く食べねばならない。
物を噛むと満腹中枢が刺激されるので、特にカレーは飲み物として「さささ」とすするのが望ましい。
ご飯の山を半分まで切り崩した時点で、既に先輩から褒められていた。
そしてもう一つの基本は、身体の悲鳴を無視することだ。
大食いは満腹になってからが本当のスタートで、満腹という感覚を置き去りにして手と顎と喉を動かし続ければ、理論上は胃腸の物理的限界まで食べられるはずなのだ。
意志あるところに道は開ける。
早々に音を上げてしまった同期を横目に、3/4ぐらいまで食べ進んだ。
しかし最大の問題はカツであった。
黒々と揚がったカツは何というか、industrialな臭いがした。
いくら馬鹿舌の私でもこれはキツい。
変な味の唾が出てきてカレーが逆流しそうになるが、吐き気も満腹感と一緒に棚上げして食べ進める。
胃袋の天井にカツの衣がこすれるのを感じた。
水を飲むと満腹感が加速するので、喉が渇いても舌を濡らす程度しか飲んではならない。
身体の発するアラームを黙殺して意志の力だけで咀嚼と嚥下を繰り返し(実に体育会的な営みであった)、血中カツカレー濃度が臨界点を突破したとき、突如として強烈な眠気に襲われた。
アルコールの過剰摂取で意識が飛びそうになるのに近い感覚だった。
胃袋がもうやめてくれと脳に直訴していた。
遠ざかる意識と吐き気の狭間で、目で数えられる程のご飯粒をすくっては口に運び、ついに完食した。
先輩が拍手してくれた。
帰路に就いてからも戦いは続いた。
脚を上げると腹が苦しくて、上り坂が登れないのだ。
仕方がないので、カタツムリのような速度で後ろ歩きをして坂を登った。
何とか吐かずに帰宅した後も、夜中に何度も満腹感で目が覚めた。
翌朝起きると、丁度いい感じにお腹が一杯だった。
胃袋の中でカツカレーが「おはよう!」と言っていた。
(1,499文字)
