『猫にかまけて』×『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』
あ? 呼んどんな。人間やな。人間が呼んどるわ。はっ。あほらしもない。どうせ行ったら、いい子ね、かなんかゆうて、咽(のど)のとこ撫でよんねやろ。まあ、あれはあれで気色ええっちゅうか、そんな悪ないもんやからちょっと行ってもええねんけどな。しかしながら、なんというか、呼ばれて、待ってました、とばかりに走っていったのではなめられる、というか俺のプライドに抵触する。
これまで、猫がしゃべる小説、猫がニャアニャアと鳴く小説、をご紹介してきましたが、今回取り上げるのは、本物の猫が登場しつつ、作家が猫語を翻訳してくれるエッセイ、町田康さんの『猫にかまけて』です。
町田康さんは大の猫好き。
「自分は猫が好きである。」という、”吾輩は猫である。”をほうふつとさせるような高らかに猫好きを宣言する一文で始まる本書には、可愛らしい写真とともに猫と作家の生活が町田節全開で綴られています。
このエッセイに登場する猫は全部で4匹。
プライドの高いココア、
犬のように愛想の良いゲンゾー、
遊びが大好きなヘッケ、
並外れて気の強い奈奈。
実際に猫を飼っている方が読まれると、こういうエッセイは共感しかない、といった感じでしょうか。町田さんが無償の愛を注ぎまくる猫たちの姿に、読むだけで悶絶してしまうかもしれません。
冒頭の関西弁は、人間に呼ばれたときの猫の気持ちを町田さんが妄想した一節ですが、こんなふうに4匹の猫が町田さんの言葉を通してしゃべってくれるので、これがとても愉快です。
たとえば気位高きココアは町田さんに向かってこんなことを言ってきます。
「まーた。訳の分からぬアホーな原稿などというものを書いている。そのような無意味なことはいい加減やめて、早くわたしを膝に乗せたらどうなの? というか、いったいわたしはいつまでこうやって膝に乗せろといちいち言わなければならないのかしら。あなたももういい加減わたしが膝にのりたくなるタイミングを覚えたでしょ? そしたらいちいちわたしにいわせないで自分で膝を用意して待っていたらどうなの? だいたいあなたなんのために生きているのよ? わたしを膝に乗せるためでしょ? だったら真面目にやりなさいよ。それをそうやって訳の分からない原稿などというものを書いていたんじゃ生きてる意味ないじゃん。馬鹿馬鹿しい」
また、猫によってご飯の食べ方にも個性があるようで。ココアは床に食事が置かれることに不満を示し、ゲンゾーと同じ飯は食えないという高飛車な態度で町田さんを困らせます。
一方ゲンゾーは町田さん曰く「飯に関して卑屈なだけでなく回りくどい」そうで、飯がまずそうだと思ったらご飯が入った桶を床下に埋める仕草をするのです。
・・・、つまり彼がなにがいいたいかというと、
「飯がまずいからいまはこれを食べないけれども、マチダさんは吝嗇(りんしょく)だからもしかしたら別の飯を貰えないかも知れないからそのときはこれを食べようと思うのだけれども、でもこれをこのまま放置した場合、ココアやマチダさんが来て食っちゃうかも知れないから埋めて隠しておいて後で掘って食おう」
ということを言っているのである。
ゲンゾ―が床を掘る身振りをする姿が目に浮かぶようです。
猫を見ながら毎度こんなことを考えている町田さんも面白すぎますが、猫というのは一緒に暮らしていると実に楽しい一面を見せてくれるのだということも知ることができます。
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このエッセイの色合いが少し変わってくるのが、ヘッケが登場する場面です。ある日、野良の仔猫集団に出会った町田さん。その中の一匹は、他の兄弟猫たちと比べて明らかに小さく、やせ衰えていました。全身傷だらけの
姿を見ていたたまれなくなった町田さんは、その仔猫を拾って帰ります。
改めて見ると仔猫は惨憺(さんたん)たる状態だった。
目脂で目が潰れ、炎症が傷となり化膿、膿が口の周囲に黒く固着してしまっていた。耳からも膿汁が流れ、毛がところどころ禿げてピンクの肉が剥(む)きだしになっていた。肉の殺(そ)げ落ちた身体は骨格標本のようで、とくにべらべらの後肢はかぼそくたよりなかった。
じっとしているだけでも苦しいらしくはあはあ言いつつ、母猫の体温を思い出しているのか、瓶に寄り添っている。
ココアとゲンゾ―と衝突することを避けるため、この仔猫は自宅とは別の仕事場で飼うことになりました。この出会いがきっかけで、町田さんは今まで以上に猫への献身的な日々を送ることになります。この仔猫は「ヘッケ、ヘッケ」とくしゃみをするので「ヘッケ」と命名。だんだんと元気になって町田さんと遊ぶようになるのですが、体調に波があるヘッケの闘病生活は続きます。そしてやってくる、早すぎる別れのとき。
ヘッケは死んだのにその他のことはなにごともなかったかのように続いていた。日々が続いていた。
ヘッケの葬儀を終えたあとの町田さんの喪失感が伝わってくる、胸を打つ一文です。
町田さんの奥様は、
「もし死んでも一ヵ月以内に生まれ変わってきなさい。そしたらまた私が拾ってあげる」
とヘッケに言いきかせていたそうです。そしてヘッケが亡くなってしばらくしてから、奥様は段ボールに入れられた捨て猫と出会うのですが、その仔猫の毛皮の模様がヘッケとまったく同じなのです。町田さんがヘッケの生まれ変わりだと確信し、ナナと名付けられることになるこの仔猫との新しい生活の日々は、ぜひ本書を読んでみてください。(のちに「奈奈」と改名するわけも読んでのお楽しみです)
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16世紀のロンドンで書かれた怪奇小説『猫にご用心』は、秘薬を飲んで猫語が分かるようになった主人公の目を通して、猫たちの知られざる生態が描かれます。当時はまだ悪魔的な存在としての印象が強かったと思われる猫たち。この小説でも人間を見下しているような描かれ方をしているのはちょっと面白いです。
とある夜、猫の集会に遅れてやってきた大きな猫は、座の一同に向かってこう切り出します。
おお親友同志諸君、今夜の吾輩をのろまと言いたいところであろうし、ずいぶん遅れたことは事実なのだが、これより早く来られぬわけがあったということで、どうかご寛恕願いたい。
翻訳の面白さでもあるのですが、猫たちの言葉が妙に大仰で、みんなエラそうかつ賢そうに描かれているのも、現代に通じるものがあります。
誇り高き猫たちは、時代を超えてずいぶんと人間からの扱いが変化したようです。飼い主からたくさんの愛を注がれる幸せな猫たちが登場する『猫にかまけて』、人間たちからひどい仕打ちを受けて復讐する猫が登場する『猫にご用心』。2冊合わせてぜひご一読ください!
【今日の本】
『猫にかまけて』町田康(講談社文庫)
『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』ウィリアム・ボールドウィン他著 大久保ゆう編・訳(soyogo books)

(ソヨゴ書店 今日の本 その17 おわり)
