『うなぎの回遊』に寄り添って 第2部:音楽で深海へ潜る
English: FOLLOWING UP “EEL MIGRATION”~Part II : Musically diving into the deep ocean~
French: SUR LA ROUTE DU EEL MIGRATION, Partie 2 : Plonger dans l’univers sonore du fond des océans
ウナギはどこで生まれるか、ご存じですか?
ウナギは日本の沿岸から何千キロも離れた海で卵を産み、命を終えます。
孵化した稚魚は長い旅を経て、日本の淡水域へと戻ってきます。
SPAC-静岡県舞台芸術センターの新たなプロジェクトでは、劇作家・石神夏希さんのもと、SPACの俳優と静岡に住むブラジルにルーツを持つ出演者たちが、この不思議な魚の旅をモチーフに演劇を通じて新たな物語を紡いでいます。
〜演劇は、自分が生まれるよりもずっと前に始まった物語を引き継ぐ、唯一の方法だ〜
◼️唯一のインスピレーションは「想像力」
稽古初日から、私はこのプロジェクトにおける音楽の重要性を実感していました。演出家・石神夏希さんと出演者たちは、わずか数日で「うなぎの回遊」プロジェクトの本質を提示しなければなりません。そのために頼りにしているのが、生演奏です。
音楽制作を担うのはSPACで数多くの作曲を手がけてきた舞台音楽家・棚川寛子さん。石神さんとは初めてのコラボレーションですが、今までのSPACでの創作と同様、棚川さんの音楽は一人で創るものではありません。長年の仲間たちと共に、即興的にその場でメロディーを紡いでいきます。俳優たちは楽器を手に取り、棚川さんの指示に従ったり、意見を出し合ったりしながら、うなぎの旅路の「音」を探っていきます。
「SPACの作品では、いつもこうやって音楽をつくってきました」と棚川さんは言います。SPAC芸術総監督・宮城聰さんとの長年の創作を通じて培われた、集団創作のスタイルに彼女は「音楽とは、人と人のつながりをつくるものです」と語ります。舞台上では言葉による会話はできず、台本を見ることもできない。そのような状況で必要なのは、互いの気配を音で感じ合える関係性です。
「舞台上でどんな空気をつくるのか、全員がそのイメージを正確に持つことがとても重要なんです」
彼女の直感からはじまる音の創作。音楽学校などで学ぶような方法とは一線を画し、独学で打楽器を学んできた彼女が、譜面を一切使わずに音の世界を描いていく。そんなSPACが誇る舞台音楽家の姿に、私は目を奪われました。稽古場は次第に、深海へと詩的に潜っていく空間へと変わっていきます。

◼️深海を音で表現するには?
ある日棚川さんはホワイトボードに海面の線と、上昇する渦のような螺旋を描きました。これは、生まれたばかりのうなぎがマリアナ海域の中層から浮上し、海面を目指す旅の道筋。この旅は、潮の流れに導かれ、月明かりが海面を照らす中で進むこともある、時に危険な道のりです。
では、この旅をどうやって音にすればよいのでしょう?
生命がはじまる瞬間の感覚を、遠く離れた人間がどう想像すればよいのでしょう?
人の耳にも、うなぎの耳にも届かないはずの深海の「誕生」を、どう音にできるのでしょう?

その日、稽古場に並んださまざまな打楽器――バスドラム、木琴、音叉、ベル、チベタンボウル――そのどれもが、うなぎの旅路を描くために使われます。バスドラムの低音は海底の振動、シンギングボウルは水面のホワイトノイズを表現。言葉は一切使われず、この旅路はすべて音によって語られるのです。
このホワイトボードに描かれた螺旋は、音楽構成の核にもなります。三拍子のリズムが円環を描き、「生から死へ、死から生へ」「出発から帰還へ、帰還からまた新たな出発へ」という、循環する命の営みを私たちに想起させます。録音された声が生み出す効果も、うなぎが渦を巻いて浮かび上がる感覚を高め、観客の周囲を取り囲むような音世界を創り出していました。ひとつひとつの音が、「私はここに生まれた」と名乗るように響き渡り、私たちはその誕生を見守るのです。数日間の稽古とは思えない完成度に、私は心から感動していました。


◼️D♯4のトーンチャイムを鳴らす女神になるまで
インターン参加初日、稽古場で何が話されているのかまだよくわからないままにいた私に、棚川さんはD♯4(レ♯)と書かれたトーンチャイムを手渡してくれました。見たこともない楽器に戸惑いつつ、なんとなく周囲の真似をして振ってみたら、音が出た。その瞬間、私は「見学者」ではなくなっていました。
棚川さんの「音楽は言葉を超えて人と人をつなぐもの」という話に深く共感し、断る理由など見つかりませんでした。とはいえ、私はクラリネットを長年吹いていたとはいえ、打楽器の経験はゼロ。しかし棚川さんの方法は、技術よりも想像力が鍵なのです。「この楽器を、海に声を響かせる女神のように扱って」と彼女は言いました。気後れしつつも私はその役割を引き受け、オープンスタジオの終わりまで、D♯4の女神になる!と決めました。
こうして、私もSPACの制作チームの一員として、俳優たちやブラジルにルーツを持つ県民出演者とともに、この音楽セッションに参加することになりました。円を描いて並ぶ出演者たちの周りには、日本語、ブラジル・ポルトガル語、英語、そしてときどきフランス語も飛び交います。でも、ひとたび演奏が始まれば、そこにあるのはただひとつの声――音楽の声です。
最初は小節を数えるのに必死だった私も、やがて音の流れに身をゆだね、皆とひとつの旋律をつくっているという実感を味わいました。それは、美しく、鮮やかで、没入感があり、心の底から満たされる体験でした。これまで見た中で、最も効果的な非言語で行われるチームワークの構築だったと言えるかもしれません。
◼️自己紹介
私の名前はエレーヌ。フランスで5年ほどフランス国立の劇場でのスタッフとして経験を積んだ後、「自分を自由にする」ため、日本へやってきました。ご縁あってSPACの皆さんに迎えていただき、石神夏希演出による『うなぎプロジェクト』のオープンスタジオ準備に数週間、同行する機会をいただきました。
