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宇宙飛行士の訓練が変わる:VRが切り開く新時代

宇宙から地球に帰還した宇宙飛行士が、着水したカプセルの中で船酔いに苦しんでいる──。そんな光景を想像したことがあるでしょうか。実は、これは決して珍しいことではありません。そして今、この問題を解決する革新的な訓練方法が注目を集めています。

帰還時の「見えない敵」

宇宙飛行士の健康リスクというと、放射線被曝や骨密度の低下といった長期的な影響がよく知られています。しかし、もっと身近で、かつ即座に対処が必要な問題があります。それが「船酔い」です。

コロラド大学ボルダー校の航空宇宙工学チームによる最新の研究によれば、宇宙飛行士の半数以上が地球帰還時に船酔いの症状を経験しています。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか。私たちの脳は、地球の重力を前提とした感覚情報の処理に慣れています。ところが宇宙では微小重力環境に適応するため、脳の期待値が変化します。そして地球に戻ると、今度は逆のプロセスが始まり、「地上再適応船酔い」と呼ばれる症状が発生するのです。

特に問題なのは、スペースシャトル退役後、宇宙船の多くが海上への着水方式に戻ったことです。SpaceXのCrew DragonやNASAのOrion宇宙船は、小さな窓しかないカプセル型で海に降ります。座席に固定された宇宙飛行士は外の景色をほとんど見ることができず、波に揺られながら回収を待つことになります。これは、車の後部座席で本を読んでいる子どもが車酔いするのと同じメカニズムです。

VRがもたらす画期的なソリューション

この課題に対して、研究チームは「バーチャルウィンドウ」という革新的なアプローチを開発しました。

実験では、30名の被験者を使って帰還時の状況を再現しました。まず遠心分離機で1時間回転させ、重力環境の変化による混乱を再現。その後、波のような揺れを最大1時間加えるという、かなり過酷な内容です。

被験者の半数には、VRヘッドセットを通じて固定された白い点だけが表示されました。一方、もう半数には森の景色が表示され、その景色は動きに合わせて自然に動くようになっていました。人間のスケール感のためにアニメーションの人物も配置されていたそうです。

結果は驚くべきものでした。森の景色を見たグループでは、船酔い症状の発生率が大幅に低下したのです。2023年の研究では、通常の対策なしでは33%しか実験を完遂できなかったのに対し、VRの視覚的手がかりを得たグループでは79%が完遂できました。

さらに2025年6月に発表された最新研究では、将来の動きを1秒先まで予測表示する「予測キュー」を加えることで、さらなる改善が見られることが報告されています。

これは車の前席に座って道路を見ている乗客が、後部座席の乗客よりも車酔いしにくいのと同じ原理です。

商業宇宙飛行時代の訓練プログラム

VRを使った船酔い対策訓練は、より大きな変化の一部に過ぎません。商業宇宙飛行の時代を迎え、宇宙飛行士の訓練そのものが大きく変わりつつあります。

Sierra Spaceは2024年からケネディ宇宙センターに商業宇宙飛行センターと宇宙飛行士訓練アカデミーを開設し、商業宇宙ステーション「Orbital Reef」の建設に向けた宇宙飛行士の育成を開始しました。

また、NASTARセンターはFAA認定の商業宇宙飛行訓練センターとして、軌道飛行や準軌道飛行のための多様な訓練プログラムを提供しています。遠心分離機を使った高G負荷訓練、高高度・減圧訓練、多軸加速度訓練など、実践的なプログラムが用意されています。

一方、NASAは2025年9月に8,000人以上の応募者から10名の新しい宇宙飛行士候補生を選出しました。彼らは約2年間の訓練を経て、国際宇宙ステーション、アルテミス月面ミッション、そして最終的には火星探査ミッションに参加する資格を得ることになります。

https://scitechdaily.com/meet-nasas-10-new-astronaut-candidates-training-for-the-moon-and-mars/

訓練内容は、ロボット工学、陸上・水中サバイバルスキル、地質学、外国語、宇宙医学、生理学など多岐にわたります。模擬宇宙遊泳の練習や高性能ジェット機の飛行訓練も含まれます。

薬に頼らない対策の重要性

従来、宇宙飛行士は着陸前に抗コリン作動性薬(メクリジンなど)を服用して船酔いに対処していました。しかし、これらの薬には眠気などの副作用があり、緊急時の対応能力を低下させる可能性があります。

VRを使った訓練は、薬剤に頼らずに船酔いを軽減できる可能性を示しています。保存期限や安定性、副作用の心配もありません。さらに、この技術は宇宙飛行士だけでなく、飛行機、電車、バス、高速輸送機関など、前方の窓を見ることができない状況で船酔いに悩む地上の人々にも応用できる可能性があります。

訓練の民主化がもたらす未来

商業宇宙飛行の拡大は、宇宙への扉を多くの人々に開いています。もはや宇宙飛行士は、一握りのエリートだけのものではありません。

The Spaceflight InstituteやNASTARセンターのような民間訓練施設は、FAA基準に準拠した商業宇宙飛行士訓練プログラムを提供し、多様なバックグラウンドを持つ人々が宇宙を目指せる環境を整えています。

VRテクノロジーは、訓練コストの削減にも貢献しています。NASAの中性浮力実験施設のような大規模な施設を使わなくても、VRを使えば宇宙遊泳の練習が可能になります。水中VR訓練システムは、アクセシビリティの向上と訓練時間の短縮を実現しています。

まとめ:技術が支える宇宙への道

宇宙飛行士訓練の現場で起きているVR革命は、単なる技術の進歩以上の意味を持っています。それは、より多くの人々が宇宙へアクセスできる未来への道を切り開いています。

研究を主導するコロラド大学のテイラー・ロナー氏は、自身が飛行機で船酔いしやすい体質だったからこそ、この研究に情熱を注いでいます。「窓を閉めているとひどくなり、雲が流れるのが見えるとマシになる」という自身の経験を、研究に活かしているのです。

宇宙探査が「一部のエリート」から「多様な人々の挑戦」へと広がる今、訓練技術の革新は不可欠です。VRという身近な技術が、宇宙という遠い夢を現実に変える鍵となっているのです。

次世代の宇宙飛行士たちは、より安全で効果的な訓練を受け、より多くの人々が宇宙での活動に参加できる時代が、すぐそこまで来ています。


参考記事

○Astronauts can get motion sick while splashing back down to Earth – virtual reality headsets could help them stay sharp(2024年10月)

○With space travel comes motion sickness. These engineers want to help(2024年2月29日)

○Virtual reality as a countermeasure for astronaut motion sickness during simulated post-flight water landings(2023年10月5日)

○Reducing motion sickness during simulated astronaut post-spaceflight water landings using anticipatory cues or postural control(2025年6月2日)

○Sierra Space to Open Human Spaceflight Center, Train the Future Astronaut Corps for the New Commercial Space Economy(2025年6月20日)

○Orbital and Suborbital Human Spaceflight Training Programs - NASTAR Center

○Meet NASA's 10 New Astronaut Candidates Training for the Moon and Mars(2025年9月28日)

https://scitechdaily.com/meet-nasas-10-new-astronaut-candidates-training-for-the-moon-and-mars/

○Commercial Astronaut Certificate — The Spaceflight Institute


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