好きだったものを思い出すためのnote
好きだったものを思い出すきっかけになれば、いいなと思って、思い出語り。
元を辿れば、中学生から高校生にかけて、色気づいて、モテたいと思ったのが、洋服に興味を持ち始めたきっかけ。
そんなタイミングで、親がファッション雑誌を買ってきてくれて、貪るように読んでた。

当時からY2Kって言葉あったんだ。
当時(2000年頃)は裏原ブランド全盛期で、エイプ、STUSSY、Supreme、アンダーカバー、ナンバーナインとか、2次流通ですごい価格で売買されてた。
当時の雑誌って(少なくともこの雑誌は)、ブランド古着のお店が希少なブランド服を抱えてて、それを雑誌が特集組んで、紹介するみたいなのが多かった。
だから、Tシャツ2万円、パーカーが10万円とかで紹介されてたりする。(定価はもちろんもっと安い)
人気のあるブランドは手の届かないものだという、憧れが植え付けられた。

中学生だった私は、そんな金額が出せるわけもなく、近くのジーンズメイトで親にねだって、リーバイスのジーンズを買ってもらったのが最初だった。
中学生3年生のとき、同級生のカバンから、私がいつも読んでいたファッション雑誌が見えた。
普段そんなに話す関係じゃなかったけど、それをきっかけに、ファッションの話を良くするようになった。
中学卒業前に、その彼と渋谷原宿に買い物に行こうという話になり、精一杯のオシャレ(PIKO)をして向かった。
そして、到着するなり、竹下通りで黒人に肩を掴まれて、裏路地の店に連れていかれたときは、死を覚悟した。
その日に何を買ったかは覚えてないが、雑誌で見た、あの店、あのブランドが本当にあるということに感動した。
古着に出会ったのは、高校生になってすぐ。
同級生が原宿のハンジローという店に連れて行ってくれた。
そこはとにかく広くて、明るくて、オシャレで、安くて。
ひとつの店にこんなに洋服があるということが衝撃だった。
そして、1着数百円から売っている。
ジーンズメイトより安い。
お金のない高校生にとって、楽園ような存在だった。
散々迷って、黒いTシャツとChampionのピンクのスウェットを買ったのを覚えている。



それから私は、暇さえあれば、古着屋を巡るようになった。
ヴィンテージの品揃えがすごいとか、奇抜とか、セレクトのこだわりとか、それぞれに素晴らしいお店はたくさん見てきた。
それでも、最初に見たものが強烈すぎた。
その店もいつの間にか閉店して無くなってしまった。
あの時のワクワクを今でも探している気がする。
そんな原体験。
好きなことを思い出すきっかけになれば。
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コンプリートしたら教えてください。
新しいのを考えます。
