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悪意メーター 【第十八話】

 今にも泣き出しそうな空の下、いつものベンチに腰掛けながら深くため息をつく。
「あぁ、だりぃ……」
 身体は万全。どうにも顔面の傷は重いまんま。
 特に雨が降ろうものならその日一日は沈んだ気持ちになってしまう。

「あー……帰る——」
「コージローせんぱーい!」
 無遠慮に投げかけられる声。
 顔は向けず、いつものように手をあげて返す。
「おぉ。おはようさん」
「おはようって、もうお昼ですよ?」
「んだよ。分かってるからさ。そんな騒ぐなよ」

 多分講義終わりだろう、茶髪がオレの隣に腰掛けて色んなことを話してくる。
 講義のこと、最近友達と行った所、ハマっているお菓子。
「そういえば先輩、聞きました? あの先生のこと」
「あぁ、あの准教授のことか?」
「そうそう。なんか教授職を蹴って、海外の研究グループに参加するとか何とか……」

 まあ平たく言うと、厄介払いだ。
 本井の懇意にしてる教授先生っていうのは、学校の人事にまで口出しできるらしい。
 准教授には色々な件を有耶無耶にする代わりに、もう国内に戻ってくるなって暗に伝えたとか何とか。
 オレとしては人に頼った結果だから何も言えないけど、怪我の仕返しとしてはちょっと物足りないってのは内緒。
 どうにもおかしくって、声を抑えて笑うオレに膨れっ面で睨んでくる茶髪。
「ほんと、本井くんもちゃんと教えてくれないし、先輩はバカにしてくるしー! もー!」
「おい、何で本井のこと、『くん』づけで呼んでんの?」

 オレだって先輩としか呼ばれな……だからんな事はどうでもいい。
 そもそも本井はメアリに気が合ったはずなのに。本当、手の広いヤツだわ。
「ん〜内緒ですけど、メアリさんとうまく行くように手伝ってあげてるんです」
「あ、そか」
 オレはシラっと視線を外した。自分の空回りが恥ずかしいわ。

 しかしこんな煩い日常に悪い気がしない自分がいるのも事実だ。
 でもコイツ、ずっと避け続けている話題があったのだ。

 あれから数ヶ月、コイツは吉見のことは絶対に話そうとしていない。

「ねぇコージロー先輩……」
 さっきまでの声色が違う。沈んだ音。
 ぼんやり虚空に向けいていた視線を茶髪に向ける
「春はなんで……何にも言ってくれなかったんでしょうか。なんで、何も言わないで行っちゃたんだろう……」

 オレは何も言えなかった。
 きっと何を言っても、それはコイツの心を埋められない。

「わたし、そんなに頼りにならなかったかな?」

 吉見に必要なのは、『アイツの過去』を知らない人で構成された環境だ。

 でもアイツが茶髪に何も言わなかったのはきっと……
「ちげーよ」
「違うって……」
「違うって……お前にだけは、今の吉見をちゃんと見てもらいたかったんだろ?」
 きっと、自分が戻って来たいと思う場所を吉見は残したかったんだ。

 フッと風が流れる。
 重たい空気を押し流す風は雨も吹き飛ばして、晴れ間が顔を覗かせた。

「ねぇコージロー先輩?」
「んだよ、もうクサいこと言わないぞ?」
 違う違うと首を振る茶髪。
 冗談っぽい動きだったのに、急に真剣になってずいと身体を寄せてきた。

「なんでわたしのことは『アンタ』とか『お前』なんですか?」
「あ? だってオレ……ヤベェお前の名前、ちゃんと覚えてねぇ」
「ホント……ダメヤローですね」

 嘘だよ。ちゃんと覚えている。

「吉永、沙知です。わたしの名前! 今度はちゃんと覚えてくださいね?」
「『サチ』ね。うん、いい名前だ」
「改めてよろしくです。コージロー先輩」
「あいよ、吉永」
「もー! そこは……はい、よろしくです!」

 晴れた空の下、和かに笑う。

 また一つ。守りたいものを、オレは受け入れたんだ。

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