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「平壌へ至る道」(12)

 一九九四年三月 信越地方某市
 
 新聞広告を使ったコンタクト方法は、翌月実行へと移された。
 ある朝自宅でその地方紙に目を通した議長は、舌打ちをしながら電話機のボタンを押した。長野県の山奥にある旅館でベルが鳴り、朴がワンコールで受話器を取った。
「緊急の用件です。今日の夕方、集合できませんか」
「電話では話せない内容ですか」
 朴は即答した。話せません。
 議長は信越地方某市にあるホテルの名前を告げた。
「田中一郎名で部屋を取っておきます。その名前で予約すれば、部屋を徹底的に『掃除』してくれますので」
 
 既に部屋で待機していた伊勢の顔色を見た刹那、議長は心中で自分を呪った。こんな素人と手を組むべきではなかった。
 何があったか知らないが―これから嫌でも知らされるのだ―、動揺が表情に出過ぎている、顔色に出過ぎている。
「どうしました?」
 口を開こうとしない伊勢に代わって、朴が一通の葉書を議長に差し出してきた。
 裏面はハングルのみで書かれた文章だったが、その言葉を殆ど解さない議長にも、それらの文字の羅列が放つ禍々しい負のオーラは容易に読み取れた。
「伊勢さんのお兄様が、亡くなられたそうです」
 議長は息をそっと吐いた。死因は?
「食中毒、だそうです。日本から送られてきた食料が腐っていたと」
 説明を続けようとする朴を遮るように、伊勢さん、と議長は俯いたままの男に声をかけた。
「辛い気持ちは分かりますが、あなたの身に起きた問題です。あなたの口から説明してください」
 すみません。膝を強く握り締めたまま、震え声で伊勢は応じた。
「前回の会合の直前、いつものように兄に食料品を送りました。議長のアイデアを参考にして、梅干しを入れたプラスチックケースの底に、日本に帰りたければ、次送ってくる手紙に、いつものように『白米』とは書かず、『米』と表記してくれ、という一文を添えました」
「それに対する返答が、当局からのこのハガキ一枚、ということですか?」
 伊勢はうなだれるように頷いた。
「もし『米』と手紙に書かれたなら、そちらに救助者を向かわせる、とも書かれましたか?」
 水産業者は首を振った。私とてそこまでは軽率ではありません。
「分かりました。お気持ちはお察しします。ケースの底の文章は当局の目に触れたものと判断するのが妥当でしょう。お蔵入りになったとはいえ、お兄様の近況は日本のテレビ局が撮影している。五〇年代に日本赤十字社の帰還船に乗って自発的意志により日本海を渡った方々や、よど号をハイジャックして平壌に消えた自称革命家どもを除けば、お兄様は映像という確たる証拠つきで北朝鮮在住であることが明らかな数少ない日本人です。そんなお兄様を迂闊に処刑するほどあの国の指導部は馬鹿ではないはずで、この手紙には向こうの相当強い怒りが内包されている、とも解釈できる」
 議長は立ち上がり、改めて二人を睥睨した。
「以前朴さんが指摘してくれたように、北の工作員やスリーパーと呼ばれる現地協力者は日本人からの反撃など念頭に置いていないかも知れませんが、さすがに伊勢さんには監視がつき始めているものと警戒しておいた方がいい。あなたは当局の目を盗み、幽閉中の日本人の奪還を試みた者、と今や敵方は認識しているはずです。相慶くんは明日、密かに解放してください」
「彼の身柄はその後、どうなりますか?」
「私が預かります。明日の同じ時間、同じ場所、つまりこの部屋で待っているとお伝えください」
 ともすれば早口になりそうな自分を、議長は自戒した。俺が動揺を態度に出せば、それは確実にこの二人にも伝播してしまう。
「分かりました。ところで今後、この集まりはどうなるのでしょうか。私の兄を救出する望みは実質的に絶たれ、相慶くんを元山に送り込む意味も意義もなくなってしまいました」
「朝鮮労働党の建物破壊というミッションは残っている」
「それはそうですが、しかし…」
 伊勢の口ごもった言葉は朴が代弁した。
「勿論あの国の独裁者に一矢報いてやりたいという気持ちは私らにもありまっせ。せやけど、伊勢さんにとってそれは言わば副次的な計画でした。今の伊勢さんの心中を忖度すれば、このまま会合を続けるのは如何なものかというのが正直なところです」
 議長は頷いた。では我々の会合はこれが最後と考えれば宜しいですかな。
 朴は黙したまま目を伏せ、伊勢が小さく頭を下げた。申し訳ございません。
「謝ることはない。そもそもが無茶な計画だった。しかし相慶くんには、私の口から事情をちゃんと伝えたい」

 翌朝、朝四時。
 失意を抱えて地元に戻っていた伊勢は、日の出前に船を沖合に出した。彼本人の乗船は久しぶりのことだった。釣果に関わらず充分な報酬を出す、と聞かされていた従業員やフリーの漁師、他社からの協力で、四トン船は十四名もの乗組員で溢れ返った。
 入り組んだ湾のない糸魚川周辺の海岸線は、陸地からの目を隠す岩場も小島もほぼ存在しない。船は全速力で東進し、とある地点で錨を下ろした。
 船体の向こう側、陸からは見えない位置から鄭相慶が海に飛び込んだ。彼の体力なら素潜りだけで直近の陸地まで泳ぎ着ける距離だった。
 十分も経たないうちに、彼は単独で岩場の海岸に再上陸し、その場にドライスーツ等の装備一切を脱ぎ捨て、持参していた防水袋から着替えを取り出し、駅までの道を歩いた。
 漁船は八時に港に帰ってきた。予めそう命じられていた通り、船を下りるや数人の漁師は素早くその場を離れ、また船に戻り、そこでサングラスをかけたり鉢巻を締めたり長靴の色を変えたり、といった細工を施した後、再び船を出た。
 遠くからその一部始終を双眼鏡で監視していた男は、乱数表を利用した暗号文を打電し、日本海に面したとある町の外れに建つビルの一室で待機する者に、それを伝えた。
 対象の船は十四人で〇四〇〇に糸魚川港から出港。〇八〇〇帰港。乗組員数は十七に増えている。

 痩せたな、という議長の言葉に、鄭相慶は苦笑した。
「今大阪に帰ったら、一分で倒されるで」
 若者は確かに、信越地方最大の町の、議長の職場御用達のシティホテルにやって来た。
「結論から言うと、我々の計画は頓挫した。とは言え『牧師』に礼を尽くして君の身柄を貰い受けた以上、用済みになったからお返しします、という訳にもいくまい。しばらく匿ってやりたいが、私の家には既に監察官が張り付いているはずだ」
「監察官?」
「警官が不祥事を起こしてマスコミ沙汰にならぬよう、その恐れがある怪しげな連中を常時見張るセクションが、警察組織の中にはあるんだ」
「で、あんたはその怪しげな連中の一人か」相慶は楽しそうに笑った。「ここにいるのも、誰かに見られているということ?」
 議長は頷いた。恐らくな。
「俺の元山旅行は完全になくなったのか?」
 警官の読心術をもってしても、その表情から若者の胸の内は読み取れなかった。
「そういうことだ。この後のことは君自身が決めてくれ。大阪に帰るのに抵抗があるなら、俺の生家がこの県内の山奥にある。そこでしばらく身を潜めてもらってもいいし、他の場所に移るなら当座の金は用意する」
「とりあえず中止に至った事情だけでも教えてもらおうか」
「伊勢さんの兄が亡くなった」それだけ伝えれば充分だった。
「で、あんたたちは解散か」
 議長は首を縦に振った。
「なあ、議長さん。伊勢さんの兄貴をそれまで閉じ込めていた招待所から連れ出し、死刑なりどこか別の収容所送りにするなり、そんな措置を打てる人間ってのは、向こうでは誰になる?」
「平壌の朝鮮労働党幹部だろうな」
「じゃあ、そいつらが発令する命令は、何を原則的な準拠としてる?」
「主体思想と党の十大原則だろう」
「それはあの国の憲法やあらゆる法律を上回るものやね?」
「あの国に法律があるとすれば、だがな」
「その主体思想は、誰が編み出した?」
「金日成だ」
 相慶は口元を緩め、しばらくその表情を保ち続けた。
「だったら直接、金日成に文句言いにいったろうや」
 さすがに議長も呆れた。「どうやって?」
「あのおっさんの自宅に赴いて」
「素晴らしいアイデアだ。今までなぜ世界中の反共組織連中がそれに思い至れなかったのかね。では聞こう。彼は通常どこに住んでるんだ?」
「KCIAなら掴んでるやろ」
「韓国中央情報部か。つまり君が今からソウルに飛び、KCIAまでひょこひょこ歩き、数万分の一の手違いによって建物内部に入りどこかの部屋をノックして、すみませんがあの三十八度線の向こうに君臨している王様の住居を教えてもらえませんかと頼む訳か」
 若者は備えつけの冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを取り出し、ソファへと戻った。
「オマエなかなかオモロイ奴やな、と教えてくれるかもしれん」
「その前向きな姿勢は見習いたいがね。こちらとしてはもう少し地に足のついた案が有難い。トルーマンを知っているか」
「もちろん。祖国の横綱級の敵役として、愛する母校で何度もその名を教え込まれた」
「彼は冷戦時代の黎明期、何度も金日成の首を取ろうとしたが果たせなかった。朝鮮戦争の際には、最終手段として平壌への原子爆弾の投下まで考えていたんだ。アメリカの国力をもってしても、その首都を丸ごと焼け野原にでもしない限り、あの男を排除することはできなかった」
「韓国も失敗続きやったな。朴正煕も頑張ったけど」

 朝鮮人民軍一二四部隊所属の三十一名が北緯三十八度の休戦ラインを超えて南進し、そのままソウル市内に侵入した「青瓦台事件」は一九六八年一月に起こった。
 当時韓国大統領府のあった青瓦台を目前にした地での銃撃戦。テロリスト側のうち二十九名が射殺され一名が自爆した。韓国側の被害は更に甚大で、流れ弾に当たった市民も含めて七十名近い死者を出したにもかかわらず、事件の概要も背景も韓国国民は直ぐに知らされることなく、数日後、たった一人の生き残りで、後に転向しソウルで牧師となる少尉がテレビカメラの前で語った言葉が、彼らに深い衝撃を与えた。
「自分たちは朝鮮民主主義人民共和国からやってきた。朴正煕の首を取れば韓国民衆は我々の赤色革命に同意してくれるものと信じていた」
 自らも軍事クーデターにより国家元首の地位を獲得した、時の韓国大統領、朴正煕の怒りは凄まじく、目には目をという兵士の鉄則に従い、彼は平壌に逆侵入し、金日成の首を掻き切ってくる部隊の創設、育成に心血を注ぐようになる。
 高い給与と除隊後のキャリア保証を餌に、国内の主に貧困層に属する若者がスカウトされ、幾つかの特殊部隊が結成された。テロ行為がその目的となり、手段となる以上、部隊は韓国正規軍の一部とはみなされず、そこに所属する者にも正式な軍籍は与えられなかった。彼らのことごとくは「失踪者」扱いとなり、脱走して命からがら故郷に戻り、自分の葬式が出されていたことを知ったという者すらいた。生きて部隊解散を迎えた者には徹底した緘口令が敷かれ、数年に渡って尾行がつき、正常な社会生活の妨げとなった。徴兵通知が届き、自分は特殊部隊で二年勤めたと役所に抗議に行っても、その期間の職歴は真っ白になっていた彼らに、高賃金の口約束など守られるはずもなかった。
 そうした問題が顕在化したのが「実尾島事件」だ。
 韓国西部、仁川沖にある実尾島に、まさに朴大統領を襲撃した朝鮮人民軍一二四部隊と同じ員数の三十一名が集められたのは、青瓦台事件から三ヵ月後のことだった。
 狭い無人島で若い男たちが寝食を共にし、いつ実行命令が下るかを知らされないまま果てのない殺人稽古を昼夜問わず余儀なくされる過程で、訓練中に一名が溺死し、一名が隊員間の喧嘩により撲殺され、二名が逃走を図った際に殺害され、更に三名が本土に渡って強姦事件を起こし、仲間と教官に追われ二名が自殺、残る一名が逃走時の負傷が元で間もなく死亡した、と言われている。正確な経緯が不明なのは、証人となるべき部隊の全員がその四年以内にこの世を去ったからだ。
 生き残った二十四名がいよいよ北進し軍事境界線を越えようとした時、世界の潮流は彼らに背を向けた。青瓦台事件の同年にアメリカ大統領となったニクソンは、長期化するベトナム戦争による国防費の国家予算への圧迫、米ドルの信用失墜、国内の厭戦感の蔓延と政府支持率の下落を背景に、鉄のカーテンの向こう側にあった共産陣営との対話の道を模索し始めたのである。
 在韓米軍の規模が大幅に縮小され、ハシゴを外される形となった韓国政府は親分に追従するように、北朝鮮との対話チャンネルを増やすようになっていく。
 厄介なお荷物へと変質した実尾島の特殊部隊はアンタッチャブル存在のまま捨て置かれ、最早その意味を失った訓練だけが日常的に繰り返された。
 そして一九七一年八月、実質的囚人たちは決起した。
 島でまず教育係兼監視役であった正規軍属者を殺害した彼らは、仁川に上陸しバスを乗っ取り、まさに青瓦台へと向かい、俺たちに金日成を殺させろと叫びながら大統領への直訴を求めた。いみじくもかつての朝鮮人民軍一二四部隊と同様、彼らもまたソウル市内での銃撃戦へと追い込まれ、仲間であるはずの者たちが向けてくる銃口に自分たちの立場を悟った。手榴弾による自爆で二十名が即死、残った四人は上告の機会を与えられることなく翌年、全員が銃殺刑となった。
 事件は当初、「北朝鮮のゲリラ部隊によるもの」と発表され、その後「空軍が管理していた犯罪人による暴動」という報道に代わった。事件から一ヶ月経て、国会の場でようやく「特殊部隊の反乱」と答弁がなされたが、その後当件に関する質疑応答は打ち切られ、その一切が国家機密とされた。
 実尾島事件が映画化され、二十四人の背景、葛藤、悲哀、そして事件の真相そのものが明らかにされたのは、実に三十二年後のことだった。

「そう。金日成の暗殺にはアメリカも韓国も失敗した。KCIAの調査能力をもってしても、あのコブ親父が今日は何処で誰と寝るのか、追いきれてはいないだろう」
「じゃあ、あんたもうあの国への復讐は諦めんのか」
 議長は何も答えられなかった。
「まあ、俺は単なる駒やから」鄭は立ち上がり、部屋を出ようとした。
「どこに行く?あてがないなら、俺の生家が県内にあるとさっき言ったが」
「山奥に、とも言った。どうせ集落の全員が顔見知りで、異邦人が現れたら音速よりも早くその情報が共有されるような場所やろ」
 議長は苦笑した。今後、君へのコンタクトはどうすればいい?
「連絡先を教えてや。最初に大阪の伝道所地下室で会った時、俺は自分の生命与奪権を議長さんに預けると伝えた。その台詞に嘘はないし、このまま逃げたりもせん」
 まさにその最初の出会いの場で、議長はこの小柄な若者には自らの本名、職業、現況を包み隠さず打ち明けたが、しかし連絡先は口にしなかった。
 今、議長はためらいもなく、自宅の電話番号を目の前の男に告げた。
 朴や伊勢に対しては、仮に敵の手に落ちた場合、何もかも簡単に謳ってしまうだろうと考えていたが、鄭相慶はそんなタマではないと確信していた。どのみちこの男がゲロする相手なら、遅かれ早かれ俺の所まで辿り着く。

 彼らはそのまま別れた。
 四週間後、メンバーの有事により、再び地方紙に新聞広告が掲載された。

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