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「平壌へ至る道」(7)

「その通りです。京橋で、同級生だった朴龍洙という男と共に。この龍洙は相慶と違い、普段から喧嘩恐喝なんでもござれの男でした。高校の入学式で噂に聞いた鄭相慶に喧嘩を吹っ掛け、目覚めたら破れた右の鼻の穴が縫われた状態で病院にいたそうです。以来、龍洙は相慶の一番弟子を自称するようになりました」
 民族高校のナンバーワンとナンバーツー。ましてやナンバーワンは人望もある。生徒はネズミ算式のように増え、既存の道場主にとって、彼らは生活を脅かす存在となった。
「そうは言っても、実際に拳を交えれば奴らには勝てない。師範が弱けりゃ生徒だってそっぽを向く。寧ろ日本人ではなく、半島系の道場主が彼らを眼の敵にした事実はご存知でしたか?」
 水を向けられ、朴はうんざりとした表情を隠しもしなかった。
「我々は頭に血が上りやすい民族だと、また仰りたいんですか?若い連中が朝鮮式合気道の名の下に喧嘩のやり方を教え始めたということで、伝統ある国家の武道を侮辱するのかと長老たちが怒り心頭に達したのは事実です。逆に相慶らはそこにジレンマを持っていました。格闘技をやる人間の、特に高校生男子の動機なんて、突き詰めれば喧嘩に強くなりたい、ただそれだけですわ。なのに道場に入れば礼節だの精神修養だの毎回しつこく説教です。そこで彼らは自分たちがストリートファイトを通して体で覚えてきた掴みや頭突き等も織り込んだ、より実践に特化した練習を始めたんです。相慶はそれでも先輩の顔を立て、自らの看板から合気道という単語も消し、周囲も一定のメンツは保てたということで、それ以上事を荒立てることもなく、十年近く何とか共存しておりました」
 状況が変わったのは、この夏のことだ。
 朴龍洙が行きつけの飲み屋で偶然居合わせた別道場の半島出身師範に、酔ってこう声をかけた。先生のダンス教室はご盛況ですか?
 あとはお定まりの行程。一方的に朴龍洙が相手をぶちのめし、話はそこで終わるはずだった。しかし相手が黙っていなかった。生徒の前で挑発を受けたうえに倒され、尻尾を巻いたままでは、その世界での足場を失う。格闘家同士の街の喧嘩は、何人もの人間を関与させ、それぞれの民族学校時代から続く長年の遺恨までもがシチューの如く混ぜられ煮詰められ、やがて刃傷沙汰へと発展した。
「龍洙は失踪し、先々月、最悪の事態が発生しました。相慶は自らの喧嘩道場を休会してまで一番弟子の行く末を追っていましたが、龍洙のアパートに立ち寄った夜中、彼もまた襲われたのです。反撃した彼は、相手を一人刺しました」
 伊勢の眼球が落ち着きなく動く。死んだんですか?
「病院搬送時は心拍停止だったそうですが、一命は取り留めました。今は意識も回復し、脈拍や血圧も安定しております。しかし相慶本人は自分が人を殺めたと早合点したんでしょうな。喜んで刺されたると叫びながらその場を去ったそうです。それを追いかける気骨者はおらず、彼はそれ以来『牧師』の伝道所地下に匿われています。彼がそこにいることは皆が知っていますが、誰も足を踏み入れることはできません。彼の伝道所は文字通りの聖域ですからな」
 伊勢は首を振った。「警察は動かないのですか?人が一人、刺されて重体なんでしょう?」
 乾いた含み笑いを議長は漏らした。
「一緒にいた仲間は、明け方まで飲んで、酔って歩いているうち、あいつは転倒した際に自分の腹に護身用として持っていたナイフを刺した、と証言しております」
「それがまかり通るんですか?」
「他に目撃者がおりませんからな。朴さん、死人でも出れば別でしょうが、在日の不良連中が身内の喧嘩で怪我人出して、警察に泣きを入れますか?」
 朴は腕を組んだ。それが誇るべき民族の矜持なのか、簡単な市民の義務さえ怠る恥ずべき非常識なのか、今まで考えたことすらなかった。
「少なくとも今の状況なら自分たちでケリ付けますわな。闘争行為の始末を日本の警察に頼んだ時点で、そいつのメンツはお終いです」
 伊勢が再び首を振る。議長が続ける。
「『牧師』曰く、相慶は今、死に場所を探しております。刺した相手は一命を取り留め意識も戻った、といくら説得しても、死を以ってその償いをしたい、と繰り返すばかりの男を、彼は私に紹介してくれました」
「本人に会ったんですか?」朴と伊勢は同時に尋ねた。
「もちろん」

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