「平壌へ至る道」(5)
「私は娘を失いました」
その言葉は、似た経験を持つ聞き手の推測からを大きく逸脱するものではなかったが、だからといってその語感から滲む衝撃を和らげるものもまた、なかった。
「二年前、中学二年生でした。置かれた境遇としては伊勢さんと変わりませんし、誰を頼れば状況が改善するのか分からず煩悶していた点も同じです。日本政府にも外務省にも失望し、一切を他人の手に委ねず、自身であの国の指導者に復讐せん、という原則を自身に課すこととした私は、確かに狂っているのでしょう。あの国に関して漏れ伝えられるエピソードはお二人ともよくご存知でしょうし、それらの話が全て真実とするならば―」
男はそこで一旦息を止めた。沈痛に伏せた視線が心底からのものなのか、単なる習慣なのか手の込んだ芝居なのか、誰にも―男自身にも―判断はできなかった。
真実とするならば、私は自分の娘が今も生きているとは思えません。
言葉は言霊だ。
実際に口にすることで、憶測は動かし難い既成事実へと形を変えていく。
だからこそ二人は、目の前の男が淡々とした態度を懸命に保ち続けながら話す、その言葉の裏に潜む感情を察した。
「伊勢さんと私は同じ被害者ですが、拠って立つ位置は違います。伊勢さんは家族の奪還を目標に掲げておいでであり、私はそうではありません。私にとって残された道は、復讐しかないのです―朴さん」
大男は弾かれたように背筋を伸ばした。はい。
「あなたなら確かに北朝鮮への非合法入国手段を思いつくことができるかも知れません。しかしたとえ入国できても、その体格と血色の良さが地元住民の平均像と僅かにも重なる部分がないあなたが、どのようにして待ち合わせ場所で人目を惹かずに時間をお過ごしになるのですか?」
朴は黙したまま、一旦浮かせた膝を再び座布団に沈める。
「私が現地の秘密警察なら、あなたがどれだけ粗末な人民服を身に纏っていようが、問答無用で拘留します」
二人は何も言えない。密かに分かっていたことだった。
「別の人材が必要です。長短距離いずれも走れる体力があり、北訛りの朝鮮語を自在に操り、公権力を持った連中が近づいてきても動じることなく、ドブネズミを食ってでも生き伸びる根性を持った人間が」
朴は顔をしかめた。そんなスーパーマンがおりますかいな。
「日本人では無理でしょう。脱北者にコネはありませんか」
ツイードの問いに、元総連幹部は片手を振った。とてつもない苦労をしてあの収容所国家を抜け出してきた連中でっせ。
「全員あの国に対しては恨み骨髄に達しているでしょう。そして同じように、その体制への恐怖も全身に染みております。もう一度行けと命じられてわざわざ地獄に戻る物好きなどおりません。家族を残してきた者なら、情が判断を曇らせることもあるでしょう。あと脱北者の場合、それがホンモノなのか、南出身の単なる目立ちたがり屋なのか、脱北者を装った工作員なのか、が判然としません。仮に最後のケースやったら、私ら一網打尽でっせ」
「しかし、潜入に適した人材が見つからないことには、それ以上計画の進めようもない」
伊勢も朴も頷く他なかった。
「あともう一点。仮に最適な要員が見つかったとして、私は彼または彼女に伊勢さんのお兄様の救出だけを頼むつもりはない。元山は日本に近い東岸の要所だ、もし私の娘が日本海を渡ったのならば、想像もつかない絶望で全身を浸しながら、最初に降り立った場所である可能性は高い」
「―」
「そこで私は潜入者に、元山或いは首都平壌にある何らかの政府関連施設または朝鮮労働党支部の建物を一つ、破壊させたいと考えています」
男の瞳に宿る異様な光を、対面する二人は言葉もなく眺めるだけだった。
「娘の人生を弄んだ者どもに、親として私が下すことのできる鉄槌は、それぐらいしかない。奴らの警備体制がどれだけ強固か知らないが、テロ国家に対してテロ行為でいくばくかの被害を与えることができれば、娘の霊も浮かばれるというものです」
男は最後に付け加えた。
「賛同頂けるなら、電話番号ならびに明日対応可能な時刻を記し、帰りがけに私にお渡しください。明日私からの電話に、五回コールが鳴っても対応がない場合、我々は一切の他人に戻ります」
出された食事は最後まで手つかずだった。
「どないする?」
深夜零時近く。受話器の向こうの声は、その必要もないはずなのに、囁き声になっている。それはこちらも同じで、その心境は互いに充分すぎるほど理解できた。
「どないする、と言われても―」
「俺は乗るで。あんたの兄さんを救出する手助けは、もちろん続ける。そやけど俺かて奴らには店も金も家族も奪われた。ええやないか、怒らせたろやないか、あのコブ親父」
コブ親父-一九七〇年代後半から原因不明の瘤が右後頸部に発生して以来、朝鮮民主主義人民共和国初代指導者、金日成は右後方からの撮影を許さなかった。
翌日。指定時間きっかりにベルが鳴り、彼らは二人とも、一度でそれを取った。
電話をした者と、待っていた者は、翌週新潟市内の同じ店で再会し、今後の方針を設定した。
・以後は当会合を「委員会」と呼び、今日を第一回目の会とする。
・委員会の目的は、幽閉されている委員会メンバーの兄の救出。付随してその過程で北朝鮮の公的機関の建造物破壊。但し、当該の兄自身の同意を事前確認する。
・名前を明かさぬ警察関係おぼしき男は、単に「議長」と呼ぶ。その他の者は苗字で呼び、互いに相手の個人情報をそれ以上知る意図も必要性も持たない。
・委員会の開催は不定期で、その連絡については常に議長からメンバーへの一方的なものとする。
「二人とも、互いの住所まで知っているなら、電話番号ともども速やかにそれを忘れ、直接連絡し合うことも今後は控えるように。私も伊勢さんから頂いた名刺は焼却済みです。それが会の活動に必要な場合を除き、委員会の最中に自分のプライベートに関する話をしたり、相手に求めたりするのは、完全に禁止します。相互の個人情報の知悉がある環境下では仲間の安寧や、時によって生命をも脅かしかねないことを、胸に刻み付けておいてください」
二人とも深く考えることなく同意したが、自分たちがこの国でそのような状況に置かれる可能性を心底では信じていなかった。
二回目の「委員会」で、議長が北朝鮮への密入国の方法に関し、ある提案を行った。それは確かに一定の具体像を帯びていたが、最大の問題が依然として横たわっていた。
実行者の選定。
朝鮮語のネイティブであることが絶対的な前提、と朴はまず主張した。
北朝鮮国内は九十九パーセント以上が共和国の人民で占められており、外国人の居住も自由旅行も原則的に認められず、あの国のあらゆる通りにはあの国の者しか歩いていない。ロシア語が併記されている大通りや駅もあるが、それとて実用的な意味はなく、ただ単にロシア文字がそこにあるというだけのことだ。朝鮮語を解さない人間が突然その輪の中に放り込まれたら、そこで死ぬまで立ち往生するか、捕まって銃殺されるか、それ以外の途は無に等しい。
「北の訛りで話せることも、同じぐらい重要な要素です。韓国からの工作員だと誰かに判断され、密告されれば、やはりそこで終わりです」
潜入後の日常についても協議が重ねられた。
「皆さんは既にご存知でしょうが、あの国の領域内は公民登録証、つまり身分証明書がないことには何処にも行けません」
満十七歳で交付される「公民登録証」は、青ビニールでカバーされた手帳のような作りで、表紙をめくると写真と署名欄、公民番号-ここに当該者の社会的身分等の個人情報が隠されている―があり、次頁に氏名、性別、出身地、生年月日、交付場所が記載され、続けて交付理由、発行日、発行者、家族、結婚の有無、職業、居住地等が書かれている。
「登録証は偽造するより、最初から本物を買えばええんです」と朴が実情を披露した。
「買う?」
「ジャンマダンに行けば、明日の身分より今日のパン、という連中が質入れした公民登録証が掃いて捨てるほど売ってますわ」
ジャンマダン―農民市場または自由市場。
「共産国家である北朝鮮では食糧は原則的に配給制です。生活の全てを国が完璧に面倒見てくれる、ゆうタテマエがある以上、市場の存在理由はありません。でも昔から配給量は充分やなかったし、肉が余ってる人間と、その肉が欲しい人間がいれば、そこに取引の場が成り立つのは自然な流れですわ」
こうした市場は伝統的に地方では十日に一度の割合で秘密裏に開催されていた。自由売買、自由競争、需供バランスで変動する価格。資本主義そのものと言っていい空間だが、食糧難が始まった八十年代前半、金日成はこれを公に許可した。
『農民市場は国営および共同団体がすべての流通を総括的に取り扱うことができないので、個人の副業として生産された農産物と畜産物の一部を、一定の場所で住民たちが直接売買する商業形態の一つである。(「金日成選集」第二十三巻)』
ドンの言葉はそのまま国の規律となる。農民市場は晴れて公認制度となった。
「違法となるのは、その取扱品目です。自由売買が認められたのは余った農産物と畜産物だけでした。そうは言うてもトウモロコシだけで人は生きていける訳やない。若い女ならオシャレもしたい、男やったらセックスもしたい、人間の欲望なんてどこでも同じでしょ?」
そして一部の農民市場の定期市はやがて常設市になり、「猫の角以外は何でも揃う」場へと変貌を遂げた。
「出身成分の高い奴のも買えるんですか?」
「むしろそちらが主流です。さすがにその点も既にご存知のようですな」
北朝鮮国内の移動にあたっては、職場単位にまで網を広げている九十年代当時の共和国警察機構、「社会安全部」からまず通行証を取得しなければならず、そこには旅行を「しなければならない」厳然たる理由-親族の冠婚葬祭か新婚旅行が最も多く使われる―が求められる。
列車の切符も通行証なしでは購入できないが、八十年代初頭からは全国的な食糧難に伴い移動は以前よりおおっぴらになり、それを受けて通行証自体、安全部もしくはその分離組織である「保衛部」職員に幾らか握らせれば容易に入手可能なものとなった。但し、地方から首都平壌への移動には、依然として高い壁が設けられていた。
その理由は、北朝鮮では人民が大きく三つの「出身成分」に分類され統制されている事実を通して窺い知れる。
核心階層、動揺階層、敵対階層。
