「平壌へ至る道」(14)
一九九四年四月 某ゴルフ場
今回は一体何の用件ですかと尋ねるべく長野の旅館に電話をかけたら、若い女が冷えた声で答えてきた。番頭さんなら辞めました。
「連絡先は分かりますか」
「私たちも聞いておりません。突然いなくなって、こちらも迷惑しているんです。ところで失礼ですが?」
議長は電話を切った。
続けて伊勢の自宅番号をプッシュする。まさかこっちの方とは、と面喰いながら。
「ああ議長ですか。今から言う電話番号に五分後かけてもらえますか」
何かがあった、というのは分かった。ひとりの気弱だった男を、相手の都合を構うことなく一方的に指令してくる人間へと変えてしまう、何かが。
五分後。
「議長、今週の土曜、空いていますか」
「私は常に暇人だ」
「ゴルフはおやりになりますか?」
「遥か以前、付き合い程度に」
「それは好都合。では髪を黒く染めて、今から申し上げる場所に、申し上げる時間に来てください」
警報音が鳴り響く。彼の生きてきた世界では、状況の変化は時として身内の裏切りからもたらされるものだった。
だが、この電話でいきなり探りを入れるのは得策ではない。昨日までの仲間が諸事情によって毒に転じたというのなら、皿ごと食ってやるだけだ。
「了解した」
そして毒にあたったとすれば、それが自分の運命だったということだ。
土曜。まだ雪も肌寒さも残っていたが、まずまずのゴルフ日和といえた。
伊勢の同級生や仕事仲間など、そのゴルフ場に集まった十二名の者たちに、議長は「以前築地に研修旅行に行った際に知り合った仲買人で、今日たまたまこちらに所用で寄った田中さん」と紹介された。
二人は当然ながら同じ組で回ることとなり、「田中さんは高血圧の気があってプレーを中断しなければならない恐れがあるので」他の者は別組に割り振り、人払いも完了した。
「いろいろとありました。回りながら話しましょう」
「我々だけで会うことをせず、ここまでやる理由は何でしょう」
「葉を隠すには森の中、というやつです。四週間前、私は拉致されました」
議長は歩みを止めた。誰に。
「分かりません」
「どこに連れていかれたんです?」
「トレーニング施設のようでした」
心当たりはありますか、という問いに、議長は別の質問で応じた。「朴さんの正体はバレていましたか」
「なぜそうお思いに?」
「ここに彼がいないから」
議長はそしてショットを放った。球は大きく右に逸れた。
「在日の間では良くも悪くも有名人だった朴さんはともかく、彼らは私までは辿りつくことができなかったのでしょう?今後一層の注意を促すため、あなたはここに私を呼んだ。ご丁寧に髪の色まで変えさせて。おおかたあの白髪の男は誰だ、とでも聞かれたんですね」
「その通りです。先に謝っておきますが、脅迫された翌日、私は禁を破って直接朴さんに電話し、その場を直ぐに離れるようにと告げました。朴さんもまたあれこれ理由を聞くことはなく、分かったとだけ答えてくれました」
「彼は今どこに?」
「韓国です。せっかくの機会だ、人脈が全て消え失せた訳ではないので、向こうの協力者とコンタクトしてくる、と張り切ってましたよ」
「プロジェクトは中止となったはずだが」
伊勢は議長を見上げた。「それは議長さんの本心ですか?」
息を詰めた男に構うことなく、伊勢は続けた。
「違いますよね?私は違いますよ。朴さんだって同じです。私たちは今のところ誰にも迷惑をかけていない。なのに奴らは先制攻撃を仕掛けてきた。その分のオトシマエは付けてもらうべきでしょう」
議長はラフに入り込んだ球をようやく見つけた。グリーンは一体どこにあるのだろう。
「今日のこのアイデアも伊勢さんが独自に?」
「はい、すぐに召集をかけて連中に我々はこうしてここにいますよ、とわざわざ教えてやることもない。この四週間、ひたすら善男善女を相手に酒を飲み続けました。奴らがどこまでチェイスしていたかは分りませんが、この伊勢という男はどうやら本当に人畜無害なチョッパリだ、と今頃見做し始めているんじゃないでしょうか。今日のメンツも半分ぐらいは私に兄弟がいること自体ご存知ありません。まあ事実私は牙を抜かれた日本人ですがね」
「そして私と二人だけで会う機会は避けたと」
「はい」
「そうなると、ずっと二人だけでプレーするのはまずい。もし誰かが我々を見張っているとするならば。これだけ友人を集めて、結局ずっと男二人だけで回りました、というのは不自然です」
「もちろんです。この話が終われば前の組に合流します。議長、くれぐれもいつものような青汁を飲んだ直後のような表情は、今日は控えてください」
議長は苦笑した。地顔なんですが。
伊勢のゴルフの腕前はなかなかのもので、議長だけがフェアウェイを離れ、右へ左へとラフを歩き回る羽目となった。
「奴らは兄の死を既に知っていました。先月の議長が指定されたホテルでの会合と、私が鄭相慶くんを沖から逃がした事実をも一本の線で結んでおります。あのホテルがあなたの職場でどのような意味をもつか、も把握していました」
息を切らしながら議長は尋ねた。どこまで喋ったんですか。
「元山にいる兄を救出しようとしていた、そのために朴さんの助力を必要とした、情報を引き出すために脱北者を匿っていた、とまで。若い男が私の会社にいたという事実だけなら従業員の誰もが知っておりましたから、その点は隠さず、但し鄭くんが脱北者というのはもちろん虚偽ですし、日本語がまだ不自由、といった噓も織り交ぜました」
「私については?」
「議長の仰っていた通りです。何も知らないというのは、ああいう状況に置かれると確かに楽なものですな。あなたについては口にしようにもできませんでした。敵方にも私の言葉に嘘はないと判断したのか、それ以上の追求はありませんでした」
「深夜に身柄を拘束された素人にしては上出来です」
伊勢はもう、そんな言葉にいちいち喜ぶことはなかった。
「鄭くんのプロフィールに関してついた噓を除けば、後は本音を話すだけでしたから。兄を奪った者への怒り、私を力で恫喝しようとした者への怒り、その背後にある巨大な組織への怒り、その組織に君臨する者への怒り、ただそれらを感情に任せて喋り続けただけのことです」
二人は再びフェアウェイを歩き始めた。
「議長さん、彼らは一体何者でしょう?」
空は晴れ渡り、春の訪れを告げるメジロの鳴き声が、コースのあちこちで澄んだ空気を震わせている。
「猛虎空手、という名前は伊勢さんも聞いたことがありますよね?」
「七十年代の格闘技ブームの時代、よくテレビで放送されていましたね」
攻撃を直接相手に当てる、フルコンタクトと呼ばれるルールを採用した空手では世界最大級の団体である猛虎会館も元々は、在日韓国人である光山益男が、新宿にあったバレエスクールの一部を借りて在日や被差別部落出身者を集め、『社会的弱者であるオマエたちが、せめて腕っぷしだけは負けないように』と喧嘩の手ほどきをはじめたのが出発点だ。
「私を拉致したのは、そこの連中だと言われるのですか?」
伊勢の質問に、議長は首を振った。
「違います。猛虎会館は政治的には全くのノンポリです。伊勢さんには釈迦に説法でしょうが、一つの成功例の裏にそうでなかった例がその百倍は蠢いているのが商売の世界です。空手道場とてその例外ではありません。猛虎空手が規模を拡大化し、光山益男が時代の寵児としてもてはやされ始めた頃、別の空手団体をひっそりと立ち上た、別の在日朝鮮人がいました。創始者は崔日植、日本名は斉田和重」
現在朝鮮籍を選択している在日の多くが、共産主義の理念や金日成の主体思想に共鳴した、いわば政治的信条を背景とした転向であったのに対し、本当に平壌生まれだった崔日植=斉田和重には、地縁を重んずる朝鮮民族の伝統的価値観に照らし合わせても、朝鮮籍に見合うだけのバックボーンがあった。
斉田は戦後間もない時期、猛虎会館と同じく直接打撃制を旨とする空手団体を川越で立ち上げた。
当初は同胞同士の仲間意識もあって、両者は互いの道場への往来を自由開放するなど友好的な関係を保っていたが、ひとたび自分の縄張りに戻ると、斉田は他の練習生とは一線を画す稽古を己に課した。右手の人差し指と中指でピースマークを作り、小石を詰めた中華鍋に刺し続ける、という鍛錬を深夜から朝まで毎日のように続けたのだ。
「生爪が剥がれて、それでも小石を打ち続けていくと、指の先端はセメントのように固くなるらしいですな。ピースとは全くかけ離れた概念です。ちなみにこの斉田の指先鍛錬法は現在、朝鮮人民軍特殊部隊の正式な訓練メニューとして採用されております。ルールのある組手、いわゆるスパーリングでは修練を重ねた空手家に太刀打ちできるはずもありません。何せ斉田は空手道場を主宰しながら、喧嘩の際に片足を地面から浮かせるのは自殺行為、という経験に基づく信念により蹴り技を完全否定していましたから。上級者だけが参加を許された完全自由の組手では、斉田は警察にある公式記録だけで、猛虎空手創設期のツワモノを相手に眼球摘出につながる事故を二度起こしております。その後友好関係は解消されました。今でも格闘技雑誌はネタ切れになると、この頃の『伝説のモウコ空手稽古風景』を記事にしますが、斉田の件は完全な禁忌です」
「頭のネジが完全に飛んでいますね」
「まあ、異能の部類には入るでしょう。斉田は猛虎空手がメジャーになり、後ろ回し蹴りといった大技が組手に入るようになったのを見て、私闘のための格闘技を標榜していた我がチングが見世物小屋の親玉に堕ちてしまった、という言葉を残して、川越の空手道場を閉め、故郷の長野に戻り、相慶が大阪でそうしたように、喧嘩術に特化した新団体を立ち上げ、安根拳―アングンケン―と名づけます。これが約三十年前のことです」
「アングンケン、ですか?」
「変わった名称でしょう。どこから来ていると思いますか?」
伊勢は首を捻った。
「我が国の初代内閣総理大臣である伊藤博文を、ハルビン駅で暗殺した安重根-アンジュングン―ですよ」
「―あ」
「この事実一つ取っても、斉田の歴史観、対日本人観が容易に推測されるでしょう?」
「ひょっとして、李ウネ事件の―」
議長は歩みを一瞬止めた。伊勢さんもご存知でしたか。
「ご存知も何も、拉致被害者家族なら皆、一度は耳にしたことがあるはずです。そうですか、あの安根拳ですか…」
大韓航空機爆破を起こした北朝鮮の工作員、金賢姫の日本語教育にあたった李ウネと呼ばれる元日本人は埼玉県在住の飲食業従事者で、一九八七年に勤務先への通勤途上で拉致され、新潟沖に待機していた北朝鮮の工作船で日本海の向こうに運ばれたと推測されている。
事件当夜、犯行に使われたとされる白のハイエースの目撃情報地点を結ぶと、埼玉から新潟まで一本の線が浮かび上がる。
「大町ルートについても、伊勢さんならご存知でしょう?」
兄を失った水産業者は、唾を飲み込みながら頷いた。
千葉県某所、戦後間もない復興期、在日朝鮮人が多く働いていた飴工場のある町。
その町から東京を経て国道20号線を経由し、甲府、そして長野県の大町を通過し新潟に向かう、通称『大町ルート』。北朝鮮工作員もしくはその現地協力者による拉致とされている失踪事件の現場の多くが、この道沿いにことごとく重なっている。
「大町ルートの途上には、安根拳各支部の練習場所が奇妙に一致しております。もちろんこのルートは都心と信越、北陸地方を結ぶ物流の大動脈でもあり、多くの小売業や外食産業、倉庫会社などの支店もそこに重なっていますので、安根拳の練習場所ばかりをクローズアップするのは強引かつ不公平なこじつけかも知れませんが。既に斉田本人は七十をとうに過ぎ、顔だけ見れば人畜無害な好々爺ですし、今では伝統空手の型が練習メニューに入るなど、かつての雰囲気からは様変わりしているそうですが、それでも安根拳は今なお公安の最重要監視対象団体の一つです」
その説明で議長は自らの職業を告解したようなものだったが、既に話し手も聞き手も、そんな末節に心を留めることもなかった。
「そうですか。では議長、もし私が安根拳の道場を一軒ずつ虱潰しにあたっていくと言い出したら、賛成してくれますか?」
「彼らは独自の道場を持ちません。近隣の公民館や体育館を間借りして活動しており、あなたの方から彼らにコンタクトを取ることは容易ではありません」
議長は第三打目をショットし、球はグリーンを超えていった。
「さっきから何やってるんですか」
「私の知る限り、警察でもゴルフが上手ければ上手いほど、そいつは性格的には下種な奴でしたよ」
「何とも大人気ない負け惜しみですね」
「あなたの拉致に安根拳が関わっているという証拠は何もないのです。余計な詮索は本当に身の破滅につながりかねませんよ」
「分かりました。もっとも奴らが北朝鮮の現地協力者、スリーパーであろうがなかろうが、あれだけ暴力を振るわれても、しかし彼らに対して何といいますか、今の私は完全な敵視ができないのです」
なぜ?と議長は尋ねてくれなかった。伊勢は構わず話し続けた。
「彼らはまず私の自由を奪い、腕をねじ上げ、最後は床に這わせました。しかし一度も殴ってはこなかったし、蹴ってもこなかったことに、数日経って気づきました。兄の死亡に対しても、奴らのリーダーは本心から追悼の意を口にしてくれました。もちろん私がそう信じたいだけかも知れませんが。恨み言のつもりはないが、議長や朴さんでさえ、マトモなお悔やみの言葉を発してはくれなかったのに、です」
「その思いがなかった訳ではない」
「理解はしていますよ。ともかく四週間前のあの夜、最初は怯え、次に怒り、最後は安堵した、その過程で今も強く記憶に残るのは、本当に気の毒に思う、という言葉です。兄の死を初めて認め、感情的になってしまった私が泣きやむまで待ってくれていた、あいつらの態度です」
「奴らも人間だ、ということですよ。確かに共和国の工作員やスリーパーには、冷酷で一切の慈悲心を持たない機械のようなイメージがある。しかし彼ら自身も故国に人質を取られているかも知れず、情に流され拉致工作に失敗した場合、あの収容所群島に残され監視されている親族がどういう目に合うかという恐怖心との闘いが、その日常であることも考えられる。もちろん誰が何と言おうが、もし神様が娘をさらった実行犯を私の目の前に連れて来てくれたら、私はそいつらを躊躇なくこの手で絞め殺しますよ。しかし彼らには彼らの事情がある、という点は忖度してやるべきでしょう」
伊勢は息を吐いた。同感ですよ。
ようやくグリーンに乗った議長のゴルフボールだったが、パットは大きく外れた。
「ところで鄭くんは既に大阪に戻ったのですか?」
「鄭相慶は今、北海道の羅臼で、ウニを割っている」
伊勢は首を捻った。それは何らかの工作を表す隠語でしょうか。
「言葉通りの意味だ。あなたの兄の奪還計画が消滅し、自動的に元山行きの動機も失われた、と伝えたら、自分の食い扶持は自分でどうにかする、と。それでも今後彼の力を必要とする機会があるかも知れない。そこで不定期に私へ連絡を入れることを条件に、彼の身は誰からも束縛されないこととなった」
「そして今、彼は羅臼に?」
「伊勢さんの手引で糸魚川沖の漁船から脱出し、私と会った翌日には北海道に向かったから、もうひと月近くなるはずだ。日給は二千円、寝食は保証するしウニは自由に食っていい、と言われてそこで働き始めたが、最初の五分で飽きてしまったと。ウニの体液が衣服についたらどんなに洗っても匂いは取れない、とボヤいていましたよ」
急遽予定が入って、とシャワー後の食事会を固辞した議長は、ゴルフ場の駐車場で背後から名前を呼ばれた。
今の自分にそのような呼称で声をかけてくる人間など、もう数人しかいないはずだ。
振り返った。背中が硬直した。
