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「平壌へ至る道」(20)

「私たちの支援団体は、最初から堂々と北朝鮮へ渡航できた訳ではありません。団体の設立は一九七〇年代後半のことで、当時はベトナム戦争直後で東西の冷戦構造は今よりもずっと苛烈で、韓国も今ほど豊かではなく、朝鮮戦争に従軍した傷痍軍人団体の人たちも、多くが壮年真っ盛りの時代でした。敵国に支援物資を送るなんてとんでもない、という風潮も根強く残っていましてね。そこで団体の先輩たちは、中国からの列車を利用し、非合法に共和国へと越境したんです」
「列車?」
「中国東北部、遼寧省の丹東という町はご存知ですか?」
「中朝友誼橋か」
「さすがにすぐお分かりですね」
 丹東市と北朝鮮側にある新義州市の間を流れる大河、鴨緑江。
 川を跨ぐように架けられたのが、全長約一キロに及ぶ巨大な鉄橋、新鴨緑江大橋だ。両国の「血で固められた強固な同盟」の象徴的建造物として、この橋は九〇年代に入って「中朝友誼橋」と改名された。
 北京と平壌を結ぶ国際列車はこの橋を通過し、丹東平壌間の列車も週に数本運行されている。
「僕らの先輩は丹東から貨物列車に隠れ、平壌の約七十キロほど手前にあった平安南道、安州市の駅で列車を降り、そこから平壌を目指したんです。向こうで予定を済ませたら、今度は安州から再び丹東へと戻りました」
「君自身はそれで入国したことは?」
「一度だけ。もう一年以上前になりますが」
「君の仲間で捕まった人間は?」
 青年は微笑んだ。誰かが一度でも拘束されていたら、僕らはこんな風に活動できていないですよ。
「確実で安全な密入国方法、ということか?」
「中国からの入国に関してはそうですね。わざわざ密入国という手段を使ってまでして北朝鮮の土を踏もうという物好きなどいませんから、こちらはほぼノーチェックです。しかし逆はそうではありません。中朝友誼橋は脱北者にとって広く知れ渡ったルートゆえ、客車内は徹底的に捜査されます」
「すると、君らはどうやって?」
「朝鮮民族のプライドの高さは朴さんもよくご存知でしょう?列車に連結された貨物車の中に家畜運搬車両がある時は、国境の兵士や保衛部の連中は、あまりその車両は捜索しません。糞にまみれた豚に触れるのは身分の低い者の仕事、という訳です。だから家畜用貨物車には大概、床下にシェルターを設けております。安州鉄道局の人間にとっても、そこに脱北者を放り込めば月給に匹敵する副収入が稼げますから」
「平壌ではそれはできないのか?」
 李は両手を天に向けた。あそこは核心階層の牙城です。
「なるほど。では中国は?友誼橋を無事渡りきっても、丹東でも厳しいチェックが待っているだろう。中国人民解放軍の兵隊なら、豚だろうが牛だろうがお構いなしに探るはずだ」
 李は答えた。天安門事件ですよ。
「六年前の天安門事件で、中国は世界中から叩かれました。中国共産党の指導層にしてみればあれは立派なクーデターで、反乱部隊を政権与党の正規軍が鎮圧して何が悪い、という理屈があったんですが、諸外国の視点では民主化を求めて天安門広場に集結しただけの数十万人の無抵抗の市民に兵士が発砲した、という殆ど国家犯罪と呼ぶべき出来事に映りました。中国政府は外向きには傍若無人で強気一辺倒の言動を繰り返しますが、あれはいわば自国民向けのポーズです。現実には今、諸外国からの世論に対して、小心と言っていいレベルで神経を尖らせています」
「国境で脱北者を見つけても、見てみぬフリをするということか」
 青年は白い歯を見せた。
「亡命者の多くは食い詰めた飢餓難民か反体制派の者ですので、中国側からすれば受け入れるメリットはありません。川をざぶざぶ歩いて国境を越えてきました、といった露骨な越境者に対しては拘束、送還をしますし、せざるを得ません。でも、敢えてチェックを緩くしているという側面も、丹東のボーダーでは生じています。隣国の被抑圧者を人道的見地で素通しさせる国だという事実を内外にアピールし失地回復を狙っているんですよ」
「しかし、中国と北朝鮮は、俗に言う血で塗り固められた同盟国やろ。北朝鮮政府が監視の強化を求めてくれば、中国も応じざるを得ない」
 できの悪い生徒を諭すように、李は優しく事情を説明した。「絶対的な上下関係に裏打ちされた同盟関係ですから」
 四年前に公職からは退いたものの、実質的に今なお中国のドンである鄧小平は、天安門事件ではミソを付けましたが本来柔軟な思考回路を持った実利的な政治家です。文革時代に毛沢東に睨まれ、息子は紅衛兵の手により下半身不随となりました。だからこそ鄧は小さな隣国の指導者の、まるで生前の毛のような王様気取りに対し、内心立腹しています。現在の両国の関係は、決して磐石なものではありません。
 両国間に脱北者の引渡し協定は確かにありますが、ここまで難民を生じさせる北に対し、中国政府はかねてから根本的な問題解決案を出せと命じていますし、北は北で、もっとガードを強くしてくれの一点張りです。お互いに相手に責任があるという態度を曲げていない。そうなれば中国としては本気でネズミ捕りに応じてやる義理などない、ということです。

「…という訳で」朴泰平は一息ついた。
「なぜ李青年がその話をしてくれたかと申しますと、来月ちょうどその鉄道ルートを使った密入国を彼らが計画しているからなんです」
「何のために」と議長が当然の質問を投げかけた。「彼らは共和国側の赤十字社からの招聘状があれば、堂々と渡航できるんでしょう?何故にわざわざ危険を冒してまで非合法手段で訪朝するのですか」
「二つ理由があります」朴は答えた。
「一つ目。正攻法での入国では先程申しましたとおり、向こうでの行動が厳しく制限されるから。自分たちの持ち込む救援物資を労働党の連中に横取りされることなく、本当にそれが必要な人民に直接手渡ししたいとする彼らの願いは、いわば当然のものでしょう。
 二つ目。今の金日成と金泳三の関係性を鑑み、韓国統一部がいつまで渡航を許可するか疑わしいから。突然公式な交流窓口が遮断され時に備えた非合法ルートの維持は不可欠ですが、北朝鮮側の安州においても中国側の丹東においても、気脈の通じた鉄道局職員がずっと同じポストに留まるとは限りません。いつの間にか勝手知ったる協力者が全員消え失せている、という状況を避けるべく、時々は裏道を敢えて使用し続ける必要があるのです」
「なるほど」議長は腕を組ん唸った。来月か。
「その李昌徳とやら本人に行ってもらうことはできないのか?」
 朴はすっかり細くなった首をすくめた。
「彼も社会人ですから、そう簡単に事が運ぶかどうか。今月既に正攻法で平壌に行っておりますし。しかしそこは何とかします。過去に摘発された実績がないからといって安全が百パーセント保障された話でもないですさかい、裏道での平壌行きは団体の中で尻込みする者が多く、李昌徳はその数少ない例外の一人です。仮に相慶くんがあの国に密航し平壌から出ていく手順を選択するなら、脱出経路として乗っからせてもらうのは如何でしょうか。李くんを日本に呼び寄せ詳しい話を聞かせてもらってもいい。入国のほうは議長、あんたに算段があるという話でしたな」
「そのことだが、朴さん。破壊活動は見送ることとした」
 朴が眉をひそめる。我々の計画が向こうにバレましたか?
「そうではない。相慶が人命を奪う蓋然性がある工作はしたくない、と」
 議長は相慶の心境と、彼からの代案について続けた。
「第一候補は平壌の万寿台にある銅像だが、あの国に点在する権力者の偶像のどれかに落書きを施す、というプロジェクトを代わりに提案された」
「落書き?」朴泰平の素っ頓狂な声には、伊勢が応じる。
「金日成像の鼻下に黒スプレーを噴射し、ヒトラーに見立てるんですよ」
「-なんとまあ」
 朴は繰り返した。なんとまあ。
「ようもそんなしょうもない計画を思いつきましたな」
「だが、あの国の首領にとっては死に匹敵する屈辱だ」
 いやしかし、と朴は手を振って表情を曇らせ、その予想外の躊躇いが、議長や伊勢に不安をもたらした。
「何が朴さんの懸念なんでしょう?」
「私も最新の状況を知っている立場ではもうないですがね」そう言い置きして、朴は説明を始めた。
「あの国のどんな小さな町や家庭にもある金日成の像や肖像画は、毎日一点の染みもないよう保存されなければならず、清掃を怠った者は収容所行きです。一般犯罪者は出所の可能性が微かにありますが、金日成、正日親子に対する不敬罪が適用され政治犯として収容された者は、死ぬまでシャバには出てこれません。そして国内に存在する無数の偶像の代表格が、あの万寿台の高さ二十五メートルにも及ぶ銅像です」
「あれも毎日、誰かが掃除をしているということですか?」
 朴は大きく首を縦に振る。
「私も実際にこの目で見た訳ではおまへんけど、確か夜な夜な朝鮮人民軍の連中が像の周囲に足場を組んで、せっせと磨いている筈ですわ。その作業が朝まで続くようなら、あの像には四六時中誰かが貼りついている、ということになります」
「噓でしょう?」
「いや、だって野ざらしの銅製の塊が、ええっと、あれはコブ親父の生誕六十年を祝って建立されたもんやから」
 朴は指を折って数え始めた。二十二年ですわ。
「メンテもせんで二十年以上、あんなピカピカに保てますかいな。金日成の像はあの国全土に二万体近くあるそうです。その建設やメンテナンスへの莫大な人工やコストを道路建設や農地改良に使っていれば、今頃あの国はホンマに地上の楽園になっていたかも知れませんな」
 かつて朝鮮籍だった男は、そして嘆息した。
「照明はどうでしょう?」議長は質問を重ねる。
「照明?」
「万寿台の銅像は、以前は夜通しライトアップされていたようだが、伊勢さんを通して脱北者に尋ねてみたところ、近々の状況は不明との由でした。相慶は銅像によじ登る計画を思いついた後、知床でロッククライミングの技術を習得しました。朴さんの言うように毎晩軍が足場を組んでいるというのなら、計画に修正を加える必要があるし、やり方によってはその足場をそのまま利用できるかも知れない。しかし夜通し強い照明が像に当てられているということであれば、そもそもクライミング自体不可能でしょう」
 朴は議長の推測と心配を引き取った。
「九十年に入ってから、向こうの食糧事情は壊滅的状況です。金日成が山を切り崩してトウモロコシ畑の開墾を命じ、あとは共産国家の伝統とも言える各地からの水増し報告ですわ。その結果あれだけ情報統制が徹底した国で、洪水で消失した村落が三十を超えた、という負のインフォメーションが国外に漏れ、それは自然災害というよりは寧ろ人災で、その直接の指揮者は金日成その人だ、という内容まで流れてきている。金王朝に対する民衆の不満が相当のレベルに達しているという証左です。
 一方でコブ親父は過去に何度もクーデターや暗殺の芽を事前に摘んできました。その点に関し、あの爺さんは決して愚鈍な独裁者ではなく、機を見て敏なる能力は人一倍発達しています。毎日のように首都ですら停電が発生する中、テメエの銅像や肖像画だけには煌々と夜通し照明を当てることで世論が自分をどう見るか、という事実は敏感に察知しているはずだし、金日成自身は今やライトアップに積極的な立場は取っていない、と思います」
「しかしそれを自分からは言い出せない。もちろんそれを恐れ多くも具申する部下などいない」
「そりゃそうです。みんな自分と家族の命は大事ですからな。あともう一点、あの国での宣伝部門のトップは、他ならぬ金正日だという点も、話をこじれさせている大きな要因です。彼は全員が最低八年の徴兵に行くあの全体国家において、軍歴を持たない珍種の男子の一人です。それが権力譲渡に際して大きな障害となっているという話もありますし、銃も撃てない二代目のボンボン、という評価を覆すために、あの男は背伸びしてでも強硬な指導者という印象を内外にアピールする必要があるんですわ。父親の偶像化を進め、その筆頭血族である自らの後嗣としての正当性を高めるために、今の金正日はなりふり構っていられません。今万寿台の夜間照明を切れば、世論に屈した宣伝担当大臣、という烙印を軍から押されること必至ですから、坊やも引くに引けない立場にある、という可能性も考えられますわ」
 伊勢がおずおずと右手を上げた。
「ちょっと前から考えていた案ですが」
 話を聞いた議長も朴も、ほうっと息を吐いた。「やってみましょうか」

 ”平壌放送”の名で一般的に知られている朝鮮中央放送による海外向けラジオ番組は、英語、ロシア語、中国語、フランス語、スペイン語、アラビア語、日本語で平壌の基地局から発信され、中でも日本語放送は一日八時間以上と最も長時間放送される。
 諸外国への自国の宣伝が主目的であるため、内容は意外にも穏健だが、深夜零時を過ぎると雰囲気は一変する。
 数字の羅列が黙々と読み上げられるのだ。
 日本にいる工作員、スリーパーに対する各種工作の指示命令が暗号化され電波に乗り、受信者は乱数表を使ってそれを読み解いていく。
 その夜の九時、まだアナウンサーが当たり障りのないニュースを読み上げる時間帯、アナウンサーのややトーンの上がった、金日成将軍と金正日将軍の功績を称える言葉に続いてモランボン楽団が奏でる勇壮な革命歌が流れたあと、リスナーからのハガキが紹介された。
「今日の最初のお便りは、イスンファさん、九歳の女の子からのものです」
 手紙の要旨は以下の通りであった。
『私は民族学校に通う小学三年生の在日朝鮮人です。毎日偉大なる金日成将軍様のお陰で元気でいられることに感謝しています。でも最近、テレビで気になるニュースを見ました。それは将軍様の銅像が、夜通しライトを当てられている、というものでした。将軍様はご自身のことは省みず、昼夜を問わずチョソン人民の幸せのために働いておられます。その像を見ていると、まるで将軍様が夜も眠らせてもらえないように感じられ、悲しみで胸が張り裂けそうになりました。偉大なる将軍様の千年万年のご長寿をお祈りする私からのお願いです。夜間、銅像へのライトを消す時間を設けて頂けませんでしょうか。将軍様の像が、そして将軍様ご自身が、せめて夜の間だけでもお休みになれますように』
 イスンファなる九歳の在日朝鮮人など現実には存在しないことは、調べれば直ぐに分かることだったが、平壌放送はこの手紙の愛国心と革命精神を広く内外に喧伝することを決めたようだった。
 一週間後、「イスンファの住居」近くの某郵便局留めで届いた平壌放送からの景品-主体思想塔の絵葉書-を、休職中の議長は受け取りに出かけ、帰り道、それを封筒ごとゴミ箱に捨てた。
 その日の夜、まさに平壌特別市に聳え立つ主体思想塔の天辺にある赤いタイマツを模した電灯を除き、市内の夜間照明がしばらく落とされることとなった、と平壌放送が伝えた。
 市民の日常生活により多くの電力を回したいとする親愛なる指導者の寛大なご意向により、卓越した同志宣伝大臣がそれを指示した、ということだった。

 その週末、議長、朴、伊勢は最後の会合を行い、そこに鄭相慶も呼ばれ、更に朴がソウルから呼び寄せた李昌徳も加わった。
 計画が上手く進まないようなら代案を、代案のスムーズな実行も難しいようなら速やかな帰国に切り替え、まずは安全第一であの国から戻ってくること、という議長からの念押しに、鄭相慶は黙って首肯した。
 ソウルの名門、延世大学出身のエリート青年と、大阪の元不良少年。全くタイプの違う若者二人は、それでも、もしくはそれ故に、会合が終わる頃には無二の親友のように意気投合し、来月下旬の平壌郊外、新安州青年駅での再会を誓い合った。

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