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追跡 独ソ戦 第五編「スターリングラード攻防戦(2)」

 スターリングラードの惨劇は、1942年8月23日のドイツ軍機の爆撃で幕を開ける。日曜日だったその日の朝、突如飛来した1000機以上のドイツ空軍機によって、スターリングラードの市街地は徹底的な爆撃を受ける。同時に、街の東に拡がる平原では、ドイツ機甲師団が街を目指して進軍を開始した。

 スターリングラードは、南北に流れるヴォルガ河の西岸に細長く伸びた街である。執拗な爆撃によって完全に廃墟と化した市街地に、ドイツ軍の機甲師団と歩兵部隊が突入し、以後、ドイツ軍とソ連軍の戦いは、壮烈な市街戦となった。

 ヒトラーは、スターリングラードは数日で陥落するだろうと思っていた。彼の判断は或いは間違っていなかったかもしれない。しかし、それはあくまで、相手がもしロシア人でなかったとしたら、という前提のもとに成り立つものであったことを、ドイツ人たちは後で知ることになる。ロシア人たちは、もはや瓦礫の山でしかないスターリングラードの街を捨てなかった。

 ヴォルガ河の東岸は、引き続きソ連軍の勢力下にあった。また、包囲網を狭められ、ドイツ軍に市街地まで攻め入られたとはいえ、西岸にもまだソ連軍は残っていた。彼らは、空爆にさらされながらヴォルガ河を渡って物資と兵員を輸送し、廃墟と化した街を砦として、ゲリラ戦で頑強な抵抗を続けた。

 ドイツ兵とソ連兵の市街戦は、廃墟と化したビル一つ、その中の部屋一つを白兵戦で奪い合うという凄惨なものとなる。ソ連兵達は、地下道や下水道を通り、いつの間にかドイツ軍の背後に現れた。かつて人が住んでいたスターリングラードの街は、倒壊したビルという要塞が連なる戦場となった。

 市街の95%をドイツ軍に制圧され、一日に2,500人もの戦死者を出し続けてもなお、ソ連軍は抵抗したが、ドイツ軍に勝てるという確証はなかった。しかし、ドイツ軍も確実に、そして決定的に消耗していった。そして、一進一退を続けるうちに雪が降り始め、季節はやがて、冬へと変わっていった。

 季節が自軍に味方する時期となった11月19日、ソ連軍は、満を持してウラヌス作戦で反撃に出る。東部の平原からヴォルガ河西岸の市街地に向かって展開していたドイツ・枢軸国軍は、ソ連の戦車部隊の南北からの挟撃にあい、両翼が壊滅する。市街でソ連軍と泥沼の戦いを続けていた部隊は、西方の本隊からほぼ孤立した状態となった。

 もはやドイツ軍の敗退は明らかであった。それでもヒトラーは、スターリングラードの市街地に取り残されたドイツ軍の降伏をあくまで許さず、補給も得られない零下35度の瓦礫の山の中で、多数のドイツ兵が命を落とした。

 2月2日を迎え、ついにスターリングラード市街のドイツ軍が降伏した。この日ドイツ本国では、自国軍の全員戦死が伝えられ、ベートーヴェンの交響曲第五番「運命」が流された。その死は大したことではない。この戦争にいずれ我々は勝つのだからと、ナチスの幹部たちは演説した。

 ブラウ作戦におけるドイツ軍のそもそもの目的は、ロシア南部に展開するソ連軍を、野戦で包囲し壊滅させることにあり、より戦術的な目的は、ロシア南部とモスクワの物流を寸断することにあった。スターリングラードの攻略は、そのいずれの目的も叶えるものではなかった。

 しかし、このスターリングラードの攻防戦が、独ソ戦の事実上の天王山であった。第三帝国の崩壊は、スターリングラードでのドイツ軍の敗北によって、ほぼ確定的なものになったとも言えるかもしれない。ヒトラーの側近の多くは、ブラウ作戦の発動段階で既に、この作戦に勝算がないことを知っていた。彼らは、都度進言したが、都度却下され、多くの進言者は更迭された。

 ロシア人たちは、ナチス軍のモスクワ侵攻を阻止し、レニングラードでも地獄絵のような封鎖戦に頑強に抵抗し続けていたが、対ナチスで決定的な勝利を収めたのは、このスターリングラード戦が初めてだった。「ドイツ軍は無敵ではない。ソ連もドイツ軍を破ることが出来る。その確信を得られたことが、その後の独ソ戦を戦っていくうえで決定的な効果を持った。」と、前線を指揮したジューコフ元帥は言っている。

 しかし、この防衛戦にソ連側が投じた人命は、実に兵員48万人、民間人は推定20万人である。スターリンは、民間人の市街からの避難も、当初許さなかった。また、戦闘のあり方に異を唱えたり逃亡したりした罪で自軍により処刑されたソ連将校も、1万3千人に上った。勝利したとはいえ、その被害は極めて甚大だったと言わざるを得ない。

 攻めたドイツ側まで入れた犠牲者の数は100万人である。相手を倒すまで戦い続ける事を強いたヒトラーとスターリンの個人対個人の情念の激突であったこのスターリングラードの攻防戦は、人類未曾有の厄災となった第二次世界大戦においても、最も悲惨な市街戦の一つとして、広く世界に知られるところとなった。

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