見出し画像

追跡 独ソ戦 第五編「スターリングラード攻防戦(3)」

 広大なるロシアは、母性が支配する大地である。母性は、善悪の区別無く、その子供たちのすべてを受け入れ、慈しみ、その大いなる庇護の下に置く。

 この、ロシアの大地に君臨する偉大なる母性の象徴が、激戦地スターリングラードを見下ろす丘に立つ「母なる祖国像」である。

 スターリングラードは、南北に流れるヴォルガ河の西岸に細長く伸びた街だ。ヴォルガ河を前にした時、この街の背後に横たわる丘陵が、ママエフ・クルガンである。その名は、モンゴルがこの地を席巻した時代に、征服遊牧軍人のママイがここに宿営したことに由来している。

 スターリングラードの攻防戦において、この丘を抑えることは、攻めるドイツ軍にとっても、守るドイツ軍にとっても、必達の軍事的課題であった。廃墟と化した街での市街戦同様、この丘でも両軍の壮絶な争奪戦が繰り広げられた。

 塹壕と鉄条網でソ連軍が防衛するこの丘を、ドイツ軍は一旦制圧するが、数日後にソ連軍に奪還された。ドイツは再び猛攻撃を加え、丘の一部を制圧した。以後両軍は、砲弾と砲弾、肉体と肉体が激突し合うような凄惨な攻防戦を繰り広げる。その光景は、ヴォルゴグラードの市街にあるパノラマ博物館の、360度の壁面に描かれた絵として見ることが出来る。

 降り注ぐ両軍の砲弾で、丘の斜面はその形を変え、土は焦げて、冬になっても雪が積もらず、戦闘が終わった翌年の春になっても草が生えなかった。今でも、この丘の土を少し掘れば、粉砕された無数の人骨と鉄片が出てくるという。

 「母なる祖国像」は、その丘に立っている。その像は、右手に剣を掲げ、左手を大きく広げて、振り向きざまに後に続く子供たちに何かを呼びかけている。

 自分が、彼女に会いに行こうと決めたのは、ある書物の一文を目にしたことがきっかけだった。それは、こういう文章である。

「彼女こそは復讐に燃える女神としてのロシアであり、彼女の権利として、子供たちに信じがたい犠牲を求めてやまない、生気みなぎる自然の力としてのロシアなのだ。」

 オーウェン・マシューズ 「スターリンの子供たち」

 地獄絵のようなスターリングラードの攻防戦を守り抜き、ロシアがドイツ軍を破った最大の要因は、ロシア側が、死が必然以外のなにものでもないという局面に、何万、何十万人の単位で人命を投入し得たからであり、それを指令する将校にも、自らを死地に向かわせる兵員達にも、躊躇の余地がなかったからである。ドイツ軍は、その光景を目の当たりにし、心底戦慄したに違いない。

 スターリンの恐怖政治がそれをさせたという見方もあるかもしれない。しかし、独裁者とはいえ所詮は一個人に過ぎない者に、そこまでの力があるとは自分には思えない。そのスターリンも含めて、ロシア民族全体が、もっと大きなものに動かされていたという見方も、或いは成り立つかもしれない。 

いいなと思ったら応援しよう!