334.創作秘話:潮騒の港 -ひかりの海-
港町を巡る旅は、過去を振り返る行為だったのかもしれない。
この作品を書き始めたのは、ある意味で“自身の再確認”からだったと思う。
神戸の記憶、写真に写る光、娘との距離。
それらがバラバラに存在していた時期に、「港」という言葉が、不意に自分の中で輪郭を持った。
港は、どこか“出発と帰還”のイメージを持つ。
その揺れ幅こそが、人の心の“動き”を写し取ってくれる場所だと気づいた瞬間、旅の物語が始まった。
■ 写真という記録、港という象徴
主人公・九鬼慶彦は、神戸出身で東京在住のカメラマン。
人工美と仕事に疲れ、本来の“写したい風景”を求めて旅に出る。
これはフィクションだが、私自身の感覚にも近い部分がある。
「港を撮る」という行為は、単に風景を残すことではなく、そこにある人の気配や、時間の積層を写すこと。
それが彼の旅であり、読者が触れる“物語”だった。
■ 父と娘、そして赦し
この物語のもう一つの軸は、娘との距離である。
12歳になる娘・美佳との関係は、過去に起きた何かを修復するような静かな試みだった。
直接的な対話ではなく、写真や手紙を通じた“間接的な語り”を重ねることで、二人の距離を丁寧に測っていった。
過剰なドラマは描かない。
でも、“いつか届くかもしれない光”を、作品全体のトーンとして置きたかった。
■ 書かれなかった章、削られた構成
当初は「伊勢志摩」など、九鬼水軍にちなんだルーツ探索の旅も検討していた。
だが、全体の主題と比べてやや唐突で、“流れを乱す”と判断して削った。
代わりに、湘南エリア(葉山・鎌倉・江ノ島)といった、“日常と再会の延長線にある場所”に物語をシフトさせている。
これは、九鬼にとっての「過去との対話」が、より“いまを生きる”方向に向かうための選択でもあった。
■ 印象深い場面と余韻
数多くの港を巡ったが、特に印象深いのはやはり横浜・赤レンガ倉庫でのショーの場面だろう。
冬の夜、光に照らされた娘と再び向き合う。
その前に、「LIVIERA・YOKOHAMA・COLLECTION(LYC)」というショーが開催され、過去と現在の軌跡が“舞台の上で重なる”。
そこに立つ九鬼の姿は、旅の終わりと始まりを同時に背負った存在だ。
そして、彼に届いた娘からの一言が、すべてを静かに肯定する。
■ “書き終えた後”に残ったもの
全19話の物語を終えて、私の中に残ったのは、港にたゆたう光のような安らぎだった。
この作品は、“赦しと再生の物語”であると同時に、「自分自身を肯定する旅」だったのかもしれない。
読者の皆さんにも、どこかの章で、自分自身の記憶と重なる瞬間があれば嬉しい。
どんな形であれ、過去は消えない。
けれど、その風景をもう一度見つめることで、人は少しだけ前へ進める──。
その願いを、ひとつの物語に込めました。
Spica
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