264.【小説】ぐるり、左 ― 遠回りのあとで ―⑨(最終話)
第9章(最終話):東京 - この街の光の中で -
東京駅が近づくと、車内の空気がわずかにざわついた。
でも菜摘にとって、それは“終わり”ではなかった。
むしろ、遠回りの途中でふと立ち止まるような、そんな場所だった。
扉が開く。
東京の空気は冷たくて澄んでいた。
丸の内口に出ると、風景は少しだけ柔らかくなる。
反射するガラスのビル群、その足元に伸びる整った石畳の歩道。
すれ違うスーツ姿の人々。
立ち止まって写真を撮る観光客。
すべてが同じ方向を向いていないのに、 それでも不思議と調和していた。
駅舎の時計が、正午少し前を示している。
ふと見上げた空が、ビルの窓に映っていた。 その青さに、菜摘は少しだけ目を細めた。
彼のことを考えると、胸が少しざわついた。
会えば何かが決まるかもしれないし、決まらないかもしれない。
でも、今日はそれでいいと思えた。
誰かのためじゃなく、自分の足で歩いてきたこと。
その一歩が、今の自分にとっていちばん大事なものだった。
歩き出す足が、今の自分の意志であることだけが、 この街の光の中で、確かだった。
今日をどうするかは、今日の私が決める。
明日をどうするかは、また明日の私に任せればいい。
改札の外の光が、彼女を迎えていた。
あとがき:
この物語は、ひとりの女性が山手線を一周するあいだに、“決めきれなかったもの”と静かに向き合っていく話です。
本当は、ただ東京の街を巡るだけのつもりでした。
でも、書いていくうちに。
震災のこと。
就職活動。
地元と東京。
そして“どこにも属せなかった時間”が、自然と物語の中に流れ込んできました。
何かを選ぶことが、いつも正解とは限りません。
選べないままでも、生きていけることがある。
そして、その「選びなおせる自由」が、たぶん今の私たちにいちばん必要なのだと思います。
主人公・菜摘は、最後まで明確な決断を下していません。
それでも彼女は、自分の足でホームを降り、誰かが待っているかもしれない場所へ向かって歩いていきます。
彼女の未来がどうなるかは書きませんでした。
でも、私は彼女がこれからも、東京という街でちゃんと生きていけると、静かに信じています。
読んでくださったあなたの中にも、“降りるかどうか迷った駅”が、あったかもしれません。
その迷いもまた、人生の景色のひとつだと思えたなら、書いた意味があったと感じます。
遠回りのあとで、またここでお会いできることを願って。
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