220.【小説】金胎記 其八-おおこがね様を巡る三代記-(神代編)
【第8章:金胎会】
教祖:弥生の七回忌が過ぎても、本山の香炉は毎朝焚かれていた。
誰も、次の教祖を名乗らなかった。
だが、神はいた。
神の子——真央は、御殿の奥で祀られていた。
現人神。
触れられぬ御方。
誰もその声を聞かず、誰もその姿を明言しなかった。 それでも、信仰は続いていた。
金胎会の本部では、祈祷札の印刷機が止まらなかった。奉納額に応じた札が刷られ、参信・親信・金胎親信の階級に分けられて、桐箱に収められていく。
「親信は朱塗り、金胎親信には黒金の箱。御神香は二割増しで付属」
幹部の指示に、事務局の若者たちは無表情に頷いた。
信吉はその様子を遠巻きに見ながら、誰にも気づかれぬように本山の蔵から古い講話記録を取り出していた。
古びたノート、弥生の走り書き、矢萩の草稿。どれも、もう誰も読まない。だが信吉だけは、それを一枚ずつ目を通し、火鉢で燃やしていった。
「……祈っとるわけやない。片づけとるだけや」
信吉の声に出す必要も無い、呟きだった。
新聞が届いたのは、真央が二十五歳になった春だった。
『神の御子、真央 “複数愛人宅”を教団口座で賃貸契約』
『銀座の高級クラブ、反社関係者と“月例会”か』
『海外遠征時に不審薬物持ち込み——厚労省、水際通報の動き』
信吉は新聞を一瞥した。
焚き火の種にしようかと思ったが、すでに三紙、同じような記事が積まれていた。
「……何が神だ。人としても、未熟な者が」
そう吐き捨てて、信吉は火鉢に記事を放り込んだ。
信者たちは何も言わなかった。
幹部は「これは試練であり、御子さまの御心を我々が正しく理解できていなかった証」と語った。
信者は黙って、それを聞いた。
「……そんなもん、壊れて当然や」
信吉は、誰にでもなくそう言って、次の祈祷札の束を焼いた。
彼の役目は、名もなき者たちの記録を焼くことだった。 本山裏の巡礼小屋を閉じ、名簿を整理し、支部の電話帳を焼いた。
誰にも指示されなかった。ただ、そうすべきだと思った。
「わしだけが、後始末しとるんやな」
そう思ったとき、信吉は少しだけ笑った。
笑っても、誰にも話すことはなかった。
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