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318.【小説】潮騒の港 -ひかりの海-14

第十話:潮のゆくえ(湘南編 前編)−葉山∶風を撮る場所−

京急の駅を降りて、葉山の海へ向かうバスに揺られた。

エアコンの効いた車内。

窓の外には、夏の終わりを知らせる強すぎない陽射しと、潮の匂いが混じる空気が流れていた。

慶彦は、言葉もなく座っていた。

観光客の姿もまばらな平日、浜辺の空気はどこかゆるやかで、まるで時間が数拍遅れて流れているようだった。

葉山のヨットハーバーに着くと、帆をたたんだ船がいくつも並び、港は静かに呼吸していた。

香月との打ち合わせで、葉山のこの港が候補に挙がったのは、「静かな服」を撮れる場所が必要だったからだった。

「人に着せない、服の写真が撮りたい」

そんな言葉が、ふと頭をよぎる。

夏の終わり、誰もいない砂浜に置かれた白いシャツ。

風が通り抜けるたびに、服がまるで眠っているように揺れる。

慶彦は三脚を立て、ファインダーを覗いた。

余計なものは要らない。
ただ、服と海と、風の音。

構図に迷いはなかった。むしろ、被写体が“撮られたがっている”ようにさえ思えた。

午後、光が傾きはじめた頃、マリーナのカフェで休憩をとった。

潮風が吹き抜けるテラス席に座り、アイスコーヒーを啜る。

「……ここは時間が止まってるみたいだな」

慶彦はひとりごとのように呟いた。

目の前を、少年がヨットの帆を畳みながら歩いていく。

少年の背中に陽が差して、その影が砂に長く伸びた。

シャッターを切る。

そこに写るのは、夏がひとつ終わっていく、その“気配”だった。

宿へ戻る道すがら、スマートフォンに香月からの返信が届いていた。

《九鬼さん、いい写真でした。やっぱり、白は、海が合いますね。》

《鎌倉も、楽しみにしています。》

慶彦は短く返事を打った。

《葉山は、風も服も、静かでした》

《喜んでもらえる写真、鎌倉でも撮影しますね。》


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