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239.【小説】Bar 3rd Friday ∣Chapter 9:Blue Boulevardier

Chapter 9:Blue Boulevardier

Blue Boulevardier

『ブルー・ブールヴァルディエ』

ライ・ウイスキー、カンパリ、スイートベルモット──そこに、青い光を差すようにブルーキュラソーを一滴。

深紅のカクテルが、青に染まる。
空の青ではない。これは、決意の色だ。

鮮やかさの奥に、渋みと火照りを残すその一杯は、過去と未来の狭間に立つ者が選ぶカクテル。
進むと決めた夜にこそ、ふさわしい。

──このままじゃ、ここがなくなる。

そう思った瞬間、もう答えは決まっていた。理屈ではなかった。

沢渡誠は、その金曜の夕方、ふたたびBar 3rd Fridayの扉を押した。

カウンターの奥には、マスターがいた。

だが、その背中はどこか静かで、決まりきった別れを背負っているように見えた。

「店、閉めるって──本気だったんですか?」

問いかけに、マスターは黙ってうなずいた。

沢渡は視線を落とし、グラスの中を見つめたまま、言葉を続けた。

「……この場所を、なくさないでほしい。俺と有村さんで、引き継がせてください」

その声は静かだったが、迷いは一切なかった。

マスターは無言のまま、棚から一本のボトルを取り出した。

カウンターの灯りに、ブルーキュラソーの青が揺れる。

Blue Boulevardier。今日のおまえには、これが似合う」

差し出された一杯。
グラスの中の青が、静かに揺れた。

「灯りは、引き継がれる。ただ、それだけだ」

それがマスターのすべての答えだった。


翌日の午後、有村と向き合った。

「本気で言ってくれて、嬉しいです」

彼女はそう言いながら、ふと目を伏せた。

「……でも、ひとつだけ、言わせてください」

「うん?」

「私はこの店を“夢”にしたくないんです。現実として、きちんと守り続けたい」

「わかってる。だから、俺が必要なんだろ?」

有村は微笑んだ。少し、泣きそうな顔で。


数日後、店の模様替えが始まった。

といっても、大きな変化はない。椅子の配置、照明の角度、棚の整理──ほんのわずかな、けれど意味のある変化。

「この棚、前の店でもこんなだったの?」

沢渡が訊ねると、有村は手を止めた。

「……前の店では、こんな風に人を見なかったんです」

「どういう意味?」

「私、ソムリエだった頃、ワインの説明ばかりしてました。語ることで、距離をとってた。

客の顔じゃなくて、ラベルばかり見てたんです」

沢渡も手を止めた。

「今は?」

「ここでは、人の目を見て話せるようになりました。……まだまだ修行中ですが」

照明の下、彼女の横顔は少しだけ過去と和解していた。

そこへ、ふいに神原が現れた。

「おい、なんか忙しそうだな」

スーツの上着を肩にかけた姿は相変わらずだったが、目の奥に以前よりも落ち着いた影があった。

「なんだ、おまえが手伝うのか?」

「たまたま近く通っただけだよ。春日とのデート前に、な」

沢渡と神原は顔を見合わせて笑った。

かつての“第3金曜日”の空気が、ふとよみがえる。

「ま、な。振られても、今回は何度かアタックしたし。

……昔の俺なら、カッコつけて終わってたかもしれないけど。そろそろ、変わらないとな」

カウンターの奥で、有村が優しく微笑んでいた。

灯りの下、それぞれの過去が、静かに色を変えていくようだった。




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