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193.【小説】金胎記 其四-おおこがね様を巡る三代記-(神代編)

【第4章:胎(はらみ)の声】

――昭和二十一年・晩夏、神深村

風鈴の音が途切れ、虫の声だけが堂の奥へと染み入るようになった。

村の集会所に、女たちが集められていた。男たちは裏手に控えている。

その中心に立つのは、白装束を纏った弥生だった。

「……わたくしの胎に、神のお声が宿りました。」
「おおこがね様の御子を、わたくしは——抱いております」

誰かが息を呑む音がした。

だが、誰も笑わなかった。

むしろ——その場の空気が、弥生を“見る”のではなく、“拝む”ように変わっていった。

数日後、薬師堂の前に人が集められた。

矢萩の提案で、“御子授かりの儀”と銘打たれた祈祷会が開かれることになったのだ。

堂の奥から現れた弥生は、白無垢に金の帯を締めていた。

腹にはまだ膨らみがない。

だが、その表情はもう“母の顔”だった。村人たちは、自然と頭を垂れた。

「おおこがね様が申されました。

『この地に、命を残せ』と。

『光は、胎より広がる』と」

誰が書いたのかも分からぬその“神託”は、掛け軸に墨で書かれ、堂内に掲げられていた。

信吉は後方からその光景を見ていた。

その目に、わずかな笑みが浮かんでいた。

——本気で言っているのか、それとも役を演じているのか。

どちらでもいいのかもしれん。

もう、誰も止める気はないのだから。

控室でのことだった。

弥生は堂の奥で装束を整えていた。

その傍らに、矢萩栄一郎の姿があった。

二人の距離は、近かった。

口数は少なかったが、目線のやりとりだけで、何かを交わしているようだった。

弥生が髪を整えると、矢萩がその手に静かに触れた。声はなくとも、何かが確かに交わされたようだった。

信吉の指先に、小さな痛みが走った。

「……準備は万端じゃな」

「はい。父上……いえ」

弥生はそこで、ふと視線を外した。

その夜、囲炉裏の前で信吉は独り言のように呟いた。

「……わしの子なら、良かった」

「そう呟いた後、自分の声がひどく遠く感じられた。」

信吉は再び呟いた。

弥生はいつ、わしと床を共にした?

あれは、もう何ヶ月も前のこと。

だが、矢萩が……

その先は考えまいと思った。

考えたところで、すべてが壊れるだけだ。

火の粉がまた一つ、畳に落ちた。

弥生の寝息が奥から聞こえる。

その寝息は、深く、静かで——何かを手に入れた者の音だった。

● 信仰の演出が始まる

矢萩の主導で、参拝者に配る“御黄金護符”が印刷される。

弥生の声は日ごとに大きくなり、抑揚が芝居めいていく。

「神の言葉を書き留める記録係」が任命され、弥生の語るすべてが“経文”として記録され始めた。

神は、布の下にいた。

子は、女の腹にいた。

だが、その本当の正体を、誰も語らなかった。

語らぬこと——それこそが、この教団の、最初の教義だったのかもしれない。

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