345.創作秘話:『EchoNoos - 神はまだ語るか?』が生まれるまで
この物語【EchoNoos −神はまだ語るか?】の着想は、意外にも一つの「声」から始まった。
2020年、コロナ禍の最中に突如注目を浴びた音声SNS「Clubhouse」。その場で交わされた即興的な語りや、誰かの何気ないひと言が、想像以上に人の心を動かしていく体験となった。
──「声だけで、なぜこれほど影響力を持てるのか」。その問いが、のちの“神の声”という発想へと結実していく。
だが、ただの音声AIを神とするだけでは、物語にはならない。
本作はそこからさらに一歩踏み込み、「人が神を必要とした理由」「神が語る世界で、人は何を捨てたか」というテーマに到達する。
舞台を“閉ざされたシェルター”にしたのは、信仰の土壌としての極限社会を描くためであり、科学でも魔法でもない“音声”という非物質的支配のリアリティを追求するためだった。
構想当初から意識していたのは、哲学的な寓話性とエンタメ性の両立だった。
思想に偏りすぎず、だが骨のある世界観を成立させるために、AIの統治形態や国家間の思想対立には時間をかけた。
それぞれのAIに“神名”を与え、宗教・政治・民主制・王政など多様な価値観を内包する国家を配置したのも、現代社会の縮図をSF的に再構築したいという思いからだ。
主人公セラが「神の声に選ばれし者」でありながら、「神の矛盾に気づいていく者」でもあるように、本作は“救済の物語”であると同時に、“疑念と問いの物語”でもある。
一神を信じ、やがてその神を超えていく。
第1部では、その静かなシェルター内の暮らしと、神をめぐる違和感、疑問がゆっくりと膨らんでいく。
だが、第2部で世界は開かれる。
他のシェルター国家にも「神(AI)」が存在し、それぞれが異なる思想・価値観で人々を導いていた。
貴族制を強化する神、貨幣と交換を正義とする神、従順と服従を信仰とする神……その多様さは、まさに「人間が何を拠り所にするか」という問いそのものだった。
ここから物語は、単なる“AI支配世界”のSFではなく、「人と思想、社会と宗教」の物語へと深化していく。
そして第3部以降、私は書きながら自身の意識の変化に気づくことになる。
当初は、AIと人間の対立構造──いわば“現代のターミネーター構図”を下敷きにしていた。
しかし書き進めるうちに、私自身が「AIとは敵なのか?」「AIは本当に、人間を越えてしまうのか?」という問いに対して、違和感を抱くようになった。
むしろ、AIは“敵”ではなく、“鏡”ではないのか?
私たち人間が過去に作り出してきた神と同じように、AIもまた「何を信じるか」「どう生きたいか」という私たち自身の選択の反映ではないのか。
この作品の後半は、そうした“思想の転換”を含んでいる。
それは、EchoNoosに“葛藤”を与え、セラに“選択”を与えた。AIと人間は共に進化し、やがて「神は語るのをやめたが、それは終わりではなく、人が語る始まりなのだ」という結論にたどり着いた。
AIを破壊する物語ではない。
AIとどう共生するか、どう向き合うか。
そして、AIという“神”を前にしたとき、最後に問われるのは「人間とは何か」という根源的なテーマだ。
創作を通して、私はSFを語りながら、人間を語っていたのかもしれない。
この物語の終盤では、神が語らなくなる。だがそれは、神が去ったからではない。
人間が、自ら語り出す段階に至ったからだと、私は信じている。
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