4章:第7話 「塩梅」 異世界屋台〜星とスパイスの地図〜
昼下がり。
太陽はじりじりと照りつけているが、ここ高山の風は、刺すように冷たい。
チトは、集落のはずれにある干し場に立っていた。
頭には貸してもらった小さな白布、両手には革の手袋。前掛け。
目前に、ヤクの肉を薄く切ったスライスが平たく整列して積まれている。
「この時間の陽と風が、一番乾かすんだ」
そう言ったのは、屠畜場の親父、トルだった。
大柄な体に反して繊細な手つきで、肉を一枚ずつ網の上に並べていく。
チトも見よう見まねで同じことを始めた。
だが……指が止まる。
彼女の目に映ったのは、切り口の中に残る「温もり」だった。
それは昨日まで、ヤクとして、誰かの隣に生きていた命。
「……こういうの、慣れたりするんですか」
ぽつりと尋ねた声に、トルは少し黙ってから、答えた。
「慣れねえよ。慣れたら、終わりだ」
「でも……」
「だから“丁寧にやる”。それだけが、せめてもの…言うのは難しいが、"感謝"だ。
肉に、命に、向き合う時間を減らさねえ。それが、俺たちの祈りだ」
チトは、息を吸った。深く、静かに。
そして、次の一枚を、まっすぐ網の上に並べた。
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一方その頃、カッツは屋台の影で香辛料とにらめっこしていた。
目の前に広げたのは、昨日酒場の親父から譲り受けたスパイスの束。乾燥した花、砕いた木の実、黒い塩、そして山椒に似た粒子。
香りを嗅ぐと、鼻の奥にピリッとした渋みが走る。
だが、後からじわじわと甘さにも似たあたたかさがこみ上げてくる。
「――よし、やってみるか」
カッツは、すでに炙った干し肉を薄く切り、パンと共に鉄板に並べた。
そこに、昨日チトが搾ったヤクミルクでつくった白いソースを垂らす。
「まさに、祈りの谷の恵みの味って感じだな」
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夕方、干し場に戻ったチトの前に、それは差し出された。
「……何これ」
「試作。“ジャイロの干し肉版”。お前が並べた肉、最初のやつを焼いた」
チトは一口かじった。
干し肉の香ばしさと、しっかり塩を含んだ繊維の歯ごたえ。
そこに、優しく溶け込む白い乳のソース。
「……」
しばらく黙っていたチトは、ぽつりと呟いた。
「……ちょっとだけ、救われた気がする」
「そっか」
「だってこれ……ただの肉じゃない。“誰かの生きた証”って感じする」
カッツはにやっと笑って、もう一つ手渡した。
「この地の味ってのは、命の塩加減で決まるんだな」
「うるさい。味まで説教くさくなる」
そう言って、またひと口。
祈りを込めて。
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その夜、屋台のそばでふたりは焚火を囲んだ。
白い煙がゆらゆらと昇るなか、チトはふと、ぽつりと呟いた。
「……命を、保存するって。不思議な感覚だね」
「“永遠に食べられないようにすること”じゃなくて、“未来で思い出せるようにすること”なんだろうな」
「そっか……思い出すための、干し肉か」
「旅が長くなっても、思い出せる味を作っていこう。忘れられないように」

