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神になる天狗たち大天狗からの警告『霊査の古代史1 天狗編』インドの神ヨギとの共通点も解説

今回は霊視の人 仏事編』『霊視の人 神事編』で“当代屈指の霊視者”と紹介されている梨岡京美(なしおか きょうみ)氏とその著者で宗教研究家・不二龍彦(ふじ たつひこ)氏が協力して日本の古代史を明らかにしていくという連載企画霊査の古代史1 天狗編』をご紹介します。

本書はスピリチュアル系雑誌岩戸開き』連載記事に加筆して校正しなおしたもので、発刊は2024年8月。この書評のほぼ一年前の内容なので古い部分があるかもしれない点を考慮してください。

題名にある「霊査」「霊的に調べる」という意味の造語で、霊視・霊聴など、いわゆる霊的能力者の力を借りて調査する方法で遠隔透視やサイコメトリーも併せて使っていると推察することができます。

このような霊査を題材にしたテレビ番組企画が20年前くらいには多くありました。今はかなり減りましたが最近見かけたものだと、坂本龍馬や石田三成の事件を霊能者ジャッキー デニソン(Jackie Dennison)氏が調べた歴史ミステリーVS超能力 本能寺の変&龍馬暗殺 謎解きSPがあげられます。証拠資料がないので事実は謎のままですが興味深い霊査内容でした。

今はこのような霊査企画が少ないのが現状ですけど私がブログを書き始めた約20年前だと、霊査企画が盛んで、そのなかでも有名だったのが遠隔透視者ジョー マクモニーグル(Joseph McMoneagle)氏でした。そのマクモニーグル氏が遠隔透視で日本古代史を霊査したジョーマクモニーグルのサイキック歴史学 謎の邪馬台国を発見という企画書が14年前に出版されていて私はそちらも購入して読んでいました。

だいたい察してくれていると思いますので、はじめに断っておきます。この本の内容は歴史・考古学・古典的スピリチュアルマニア向けのものです。

スピリチュアルラボが最も大切にしているのは霊的世界を当前のこととして受け入れ、その後の人生を今まで以上に豊かに創造できるような価値観をもつきっかけとなるような書籍や考えをお伝えすることです。本書はどちらかといえば霊的雑学マニアのための話が大半で脇道の部類にあたる内容です。

霊査で古代史の謎が判明したとしても私たち一人ひとりの生活や人生に変化が生まれるわけではありません。また神のように偉大な霊的存在からのお告げであっても私たち自身が考え取捨選択することが最も重要なことだと思っています。私自身が俯瞰的な視点で考察するとこのように感じるのです。

さて本書でいう霊的に調べるとはどのようなものかというと、ここでは霊媒(れいばい)と審神者(サニワ)で行う問答と対話での交霊手法のことです。サニワを知らない方もいるので簡単に説明しておくと、サニワは霊媒が視たもの、聴いた内容の真偽・正誤を精査する役割を担当する者のことです。

交霊にサニワ役がいるのといないのとでは導き出される結論が全く異なってきます。霊媒ひとりの場合は「私〔霊媒〕にはAに視えた」という“独断の結論”しかでませんが、サニワがいると「あなた〔霊媒〕はAに視えているようだが私〔サニワ〕の調べてはAに視える理由はBがあるからだ」“客観的な結論”がでやすくなります。

優れた霊媒でも視野の狭窄があり、また霊査で得た情報の解釈を誤る可能性がゼロではないからです。霊媒に多様な霊〔神霊・自然霊・人霊(じんれい)など〕からのメッセージを受ける能力があっても霊媒自身には霊の正体にも確証がもてません。霊媒が誑(たぶら)かされてしまう場合もあるからです。

また霊媒が土地や遺物に残る思念〔残留想念〕をサイコメトリーや遠隔透視などで探ったとき、複雑で入り組んだ情報が出る場合もあり、そのような曖昧な情報をサニワが整理して正誤を確認する必要があります。サニワがいることで霊媒自身の知識だけでは解消できない難解な話にも対処できるのです。

本来はスピリチュアルな物事を探るときにサニワ役を置くのが肝要ですが、スピリチュアル・心霊・怪談を扱うYouTubeチャンネルや書籍の多くにはサニワ役がいません。事の真相は、再生数・販売部数を稼ぐ目的なのでサニワを必要としないのかもしれませんが、それら情報媒体を好む人たちは、たとえば「生き霊が視える」「除霊できる」と紹介されている者の話を疑うことなく信じてしまう人が少なくないので、情報媒体にサニワ役がいないことで深刻な問題を引き起こす原因にも繋がります。

しかし本書は著者がサニワ役に徹しながら事細かに説明と解説を入れているので精査しない人が読んだとしても、その人のその後の人生を狂わせてしまうような深刻な問題が起きづらい配慮がなされているので、どなたにでも勧められる内容になっていると思います。

副題に「天狗編」とあるように第一章では日本に古来から天狗という霊的存在がいることを過去の心霊研究者たちの文献から引用して解説がなされています。心霊研究で草分け的な浅野和三郎(あさの わさぶろう)氏が著名な人霊との交霊で天狗についての情報を得ていて、それらの天狗情報を著者が簡潔にまとめています。

それによれば天狗の種類は二つに大別できるといい「自然霊から天狗になった自然霊天狗」「人霊から天狗になった人霊天狗」だといいます。そして自然霊天狗と人霊天狗には見た目に違いがあること。自然霊天狗にも種類と階級があり、階級により見た目が異なることなどが説明されています。

詳しくは本書を読んでもらうとして、天狗界の最も残念な内実に「人霊天狗は自然霊天狗より下級である」こと「天狗の八割、九割は悪い天狗で、天狗信仰などやめたほうがいい」とのこと「悪い天狗のほとんどが人霊天狗」だとも述べ警鐘を鳴らしています。

もとは修験道や神仙道の行者として験力〔霊能力〕を強化して死後に人霊天狗になったけれど、その霊力は自然霊天狗の足元にも及びません。天狗界で人霊天狗は下級天狗として永遠の命を授かったけれど、自然霊天狗の手下のようなお役目しかもらえないので神社やお寺などで崇められて満足感を得ている者がほとんどなのだそうです。

霊能力開発と強化に熱中して、パワー志向の修行をする人がいますが、そのようにして開発強化しても天狗界では下級天狗にしかなれないのならば、人として転生できる霊界を歩むほうが霊的修行の正道だと思います。

少し話はそれますが以前から紹介している“凄腕の霊媒”で伝説になっている伏見稲荷のお代(オダイ)砂澤たまゑ(すなざわ たまえ)氏は著書霊能一代のなかで、お山〔稲荷山〕の滝場には神様〔人霊稲荷〕になれなかった行者霊がいるから素人が霊的指導者もいないで滝行をすると憑かれるからやめるようにと注意喚起しています。

有名な超心理学者で霊能者・本山博(もとやま ひろし)先生も同じような話をしています。滝行をして霊能力が強くなったりするのは霊が憑いて霊能力が強くなるからだとか。

天狗で有名な霊場に行者霊がたたずんでいることもあり梨岡氏がその場を離れたいと話した霊場の記載もあるので参考になります。そのような人霊と天狗の霊界事情を知ることができたので本書は霊的マニア向けの本ではありますが学びになります。

行者霊の様子を本書から以下に引用しておきます。ちなみに伏せている部分は購入した人だけが知ることができる話で構わないと思います。ウェブで公にすると名指しされた神社仏閣、霊場にとって悪い影響が出てしまうからです。

たとえば●●の●●神社の周辺には、京さんの霊視によると、そうした行者霊が集団でたたずんでいるというし、●●山の国宝になっている●●の周辺にも、そうした行者霊が、多数群がっていた。修行半ばで朽ち果てた行者霊の悲しみや無念さ、救いを求める思いなどがどっと迫ってくるため、京さんは非常に嫌がり、早く●●から離れようとわれわれをせっついたものだった。
― P.29

霊査の古代史1 天狗編

霊能力を強化して体外離脱ができたりするようになると霊界での地位が上がると勘違いしているような人たちは哀れな行者霊のような末路をたどり彷徨(さまよ)ってしまう可能性があるので、そのような霊的修行の邪道に踏み出してしまわない訓戒として理解しておくと良いかと思います。

本書によれば、仙人は姿が違うだけで天狗の仲間とのことです。穏やかな霊的エナジーの性質をもった霊が仙人に視えるのだそうです。さらに話を拡大するとUFOは宇宙船ではなく天狗と見る向きもあります。霊に特定の姿形はありませんから霊視者が生まれ育った文化圏、時代背景によって視え方が変わってしまうのです。

世界の伝承に残っている霊的存在たちでいえば、中華圏でいう仙人やインド圏での神になったヨギ〔『あるヨギの自叙伝ヨガナンダ氏に教えを与えたババジ(Mahavatar Babaji)〕、ユダヤ・キリスト・イスラム教の天使という霊的存在も天狗の仲間で霊的エナジーの性質が異なるだけなのです。

このような霊的な雑学は約20年前くらいから江原啓之(えはら ひろゆき)氏が著書で解説しています。それによれば自然霊に限った説明として霊的エナジーの性質の違いで龍神霊・稲荷霊・天狗霊などの違いがあるそうです。そう覚えておくとよいでしょう。江原氏はカラス天狗“チョコボールのキョロちゃん”のように視えるとラジオ『江原啓之おと語り』のなかで表現しています。

話を戻して、本書は「霊査の古代史 天狗編」としていますが本筋の内容は「日本を見守る神霊からの声を聴いて警鐘を伝える」ことに重きを置いていて、第三章の「大天狗からのメッセージ」に繋がっています。第一章と第二章で大天狗を神霊と呼ぶに相応しい霊か紙数を割いて説明紹介し、霊からのメッセージを読者が受け入れやすいような形で伝えようとしているように感じます。

昨今、スピリチュアル・心霊好きな人たちだけでなく話題になっている今年[2025年]7月に何かが起こると予言されている話に直接関係しているわけではありませんが、神霊たちが伝えたいのは大きな天災が起こった場合、今までのように生きているだけではダメで自分の勘を頼りに一人ひとりが考えることが重要だという話を伝えているように受け取りました。

私は日本の文化や風習をなるべく保守しながら、勘を頼りに「今を精一杯に生きること」を約10年ほど前から大切だと思っていますので大天狗霊や神霊たちからのメッセージには同感ではあります。

ちなみに私は2012年に人類が滅亡するというマヤ暦の予言を否定していたコラムニストのひとりでした。私はYouTubeの再生数や閲覧数で稼ぐようなスピ系ビジネスをしていないから煽ったりする必要がありません。この書評コラムの終結として今年の予言を否定しておきたいと思います。いわれているような想定外の大災害は起きないでしょう。

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