マッキンゼーを離れ、越境活動家として、ケニアの村で、マサイの先住民と働く
自己紹介

経歴:東大学部・修士 (生態学) → 新卒でマッキンゼー → 自然保護NGO WWF インドオフィス & オランダオフィス勤務 → マッキンゼー再入社 → ケニアへ。
日本で生まれ育ち、23歳まで海外在住経験はなかったが、その後アメリカ・インド・オランダ・ケニアに住む。海外に行ったのは全て、自分の夢を追うため、つまり自然保護について学び、その仕事をするため。昔から英語が好きで、仕事ができるレベルで使えることが武器になった。村上春樹が好き。自然保護の他は、文章を書くことと、自然の写真を撮ることがパッション。
なぜケニアへ?:自然保護の道を追いかけた半生
初めてケニアに行ったのは、コロナが明けるかどうかといった時期の2022年3月。小さい頃から生き物好きだった私は、アフリカの自然にずっと憧れがあった。そして何より、自然保護の現場を見たい、という想いがあった。中学生のときから野生動物保全の専門家を志していた私は、大学で生態学を勉強し、様々なフィールドワークをし、自然保護NGOでのインターンも経験した。それでも自分には「現場を知らない」という想いがつきまとっていた。
(この訪問は、ケニアに行くという友人に付いていったのだが、彼には今でもずっとお世話になっている)
泊まった先は、大自然の中にたたずむ自然保護区。特にそこは、自然と長く調和して暮らしてきたマサイの先住民が運営する保護区だった。彼らと接する中で、彼らがまっすぐな想いで自然保護に携わっていること、そして生き物や自然に対する深い知見を持っていることに深く心を打たれた。短い期間にもかかわらず多くを与えてもらい、恩返しをしたい、と強く感じた。
それから時は流れ、私はビジネスの最前線を経験した。それから憧れの自然保護NGO(WWF)で働く機会にも恵まれ、インドとオランダの二つの現地オフィスで、素晴らしい同僚と、国際的な自然保護プログラムの構築に携わった。自分はこうして自然保護の道を切り開いていくのだと思ったのだが、ずっと心に残る問いがあったー「現場で働いたことのない私が『環境保全国際プログラム』策定に関わっていてよいのか」と。
決断はすぐに訪れたわけではなかった。しかし、縁とタイミングが重なった結果、私はケニアにもう一度足を踏み入れること、そして今度はもっとしっかりとした形で関わることを決めた。

そもそもの課題意識:越境活動家として果たす役割
ビジネスの世界、NGOの世界、政策の世界、あるいはアカデミア。自然の保全において、どのセクターも欠かせない役割を持っている。私は、大学ではどう科学が自然保全にアプローチするのかを学び、ビジネスの世界では彼らの自然との向き合い方を目撃し、国際NGOで国をまたいだ保全プログラムがどうできるかを身を以て経験し、国際条約がどう形成されるのかに触れた。
それを以てしても心を離れなかったのは、地に足をつけて、自然と毎日向き合っている人たちの声を聴くことだった。特に先住民は、都市化された生活の中で生まれ育った私たちが持たない、大切な自然の知恵を受け継いでいる。だからこそ、自分が自然保全に関わるとき、彼らの声を無視した意思決定は間違ってもしたくないーそれは自分が専門家になる上で守りたい誠実さだった。
特定セクター・グループ内での議論ではどうしても見えない視点が存在する。その結果、保全の意思決定が現場に即したものなのか、十分な判断ができなかったり、論点が抜けてしまったりする。そのギャップを補える専門家は極めて少ない。自然の危機が差し迫っている今だからこそ、幸いにも様々なセクターでの経験を積んでこれた私には「越境活動家」として果たせる役割があるのではないかと、考えるようになった。

これまでの活動:コミュニティと肩を並べて
私は今、4年前に初めてケニアを訪れた際に出会った先住民の活動家の女性と共に、コミュニティに深く根を張った活動に一緒に取り組んでいる。
私がこだわるのは「コミュニティによる、コミュニティのための保全」。活動内容を決めるのは、主人公であるコミュニティに任せている。私は彼らの想いと考えが反映された活動の成功に向けて、自分ができる役割を担う。
日本にいるときから活動を開始。ケニアの若手先住民リーダーを、大阪万博でのセッションやスタートアップ施設でのトークイベントに招待し、オンライン登壇してもらった。また、プロジェクトに関わるマサイコミュニティメンバーの選考等にもオンラインで加わった。
2025年10月~12月の三か月間、私はケニアのコミュニティのもとに滞在した。10月に現地入りしてすぐに、あらゆる活動で彼らと文字通り肩を並べてプロジェクトに取り組んだ。先住民コミュニティの長老・伝統的作品を作るアーティスト・植物を用いた伝統医療を行う薬草医などへのインタビュー、コミュニティの伝統的な儀式の撮影とそのプロモーション、女子生徒エンパワーメントのワークショップのポスター作成や現場でのセッション担当・撮影。助成金の応募も実施した。
これによって、「現場の仕事」・「コミュニティに根差した活動」の素晴らしさと難しさを以前よりもずっと深く理解した。グローバル化がコミュニティの生活にどう影響を及ぼしているのか、自然の保全以外にはどんな課題があるのか、どこまでも現実を直視する、あるいは直視せざるを得ない機会があった。そして、コミュニティにとって良い未来を作るために何が必要なのか、マサイのプロジェクトメンバーの意見をたくさん聞いた。

これから取り組むこと:マサイ・カルチャーハブの設立
マサイのプロジェクトメンバーと話し合った結果、今目指すのはマサイの文化や伝統、何より自然との向き合い方を正確に伝える「カルチャーハブの設立」である。ケニアには、マサイが運営をしている「マサイ村」と呼ばれる施設が複数ある。こうした施設では観光客がマサイの文化を知ることができるものの、マサイのプロジェクトメンバーによると、説明される内容が誤解を招くものであったり、そこで得られる収益がコミュニティ全体には分配されず、一部の男性に偏りがちであったりするという問題がある。実際、一般的なマサイ村を訪れた日本人の感想を聞くと、あまり良い印象でないことも少なくない。
しかしそれは伝え方・運営方法の問題であり、本来、マサイの先住民族の暮らしや文化には、目が開かれるような素晴らしい知見がたくさんつまっている。だからこそ、マサイの知恵を世界により純粋な形で伝える場所を提供したいのである。
この目的は、単なる観光施設建設をはるかに超えるものである。ライフスタイルが変化し、より多くの人口が都市へ流れる今、マサイの子供たちでさえ、自分たちの文化を直接学ぶ機会が減少している。マサイの長老によると、彼らが長く実践してきた「自然と調和した暮らし」の意識や知見が、若い世代では薄れつつあるという。ケニア人口のうち、数パーセントにも満たないマサイの知恵を保存するためには、コミュニティ内での教育も必須である。だから、このカルチャーハブを、コミュニティ自身が自らの文化を残し、次世代に伝えられるような「知見蓄積」の場所にしたいと考えている。
そして、先住民による生きた知見が集まり、アクションが実行される地域コミュニティ活動の中心を作ろうとしている。伝統的芸術作品の作成や、自然に根差した製品開発、真にコミュニティに根付いた自然保全活動の拡大であったり、コミュニティ内での環境教育など、単なる静的な知見蓄積の場ではなく、生きたハブを作ることが構想だ。
これらを実現するために、アート作品販売、エコツーリズム、そして何より欠かせない寄付集めを通し、上記のようなコミュニティ活動の継続に欠かせない資金集め実施する。私は今、このカルチャーハブの設立に向けて、日本、そして世界各地のパートナーシップ作り・ファンドレイジングを実施している。



一緒にしたいこと
これまで活動してきて、自分ひとりでできることがいかに限られているかを痛感した。もちろん、現地のコミュニティメンバーはチームだ。けれど、私は外国人である以上、外者として果たす責任があり、それはコミュニティ外からのサポーターを集めてくることである。
フィールドと密接に結びついたこうした活動には、想像以上にお金と労力がかかる。「途上国のコミュニティプロジェクト」と言うと、質素な運営を想像されることが多いのだが、コミュニティが散在して暮らす現地でのオペレーションにかかる費用は決して小さくなく、数百万円の補助金でできることでさえ、限られている状況だ。
だから、下記のような形で活動を支援していただける方がいると、とても嬉しい。
周りに話を広げて下さる方
活動をフォローしてくださる方(インスタグラム等)
写真や動画の編集をしてくれる方(現在多くの素材があり、それを教育コンテンツ化するためのプロフェッショナルエディターが急務です)
マサイマラに来て、実際にコミュニティの活動を見、その発信を手伝ってくれる方(長期滞在も可能です)
寄付をくださる方
易しい道でないことは、わかっている。でも今は、このプロジェクト継続を実現するために、自分の時間とエネルギーを使いたい。その一心で、しばらくは地道に進んでいくつもりだ。
日々の活動は、インスタグラム、そしてときどき X でも発信していますので、ぜひフォローをいただき、応援いただけると大変嬉しいです。

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海外生活経験や、自然に関する研究等を通して培ってきた私なりの視点で、ほっと一息つけるような楽しいエッセイを書いていきたいと思っています。支援いただけましたら、ぜひ活動の幅を広げるために最大限使わせていただきます。