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【短編小説】心に効く薬局 #3

 無意識のうちに、ネットの検索窓に「何のために生きているのかわからない」と入れていた。もう半年間、自室を出ていない。このままでは駄目だと頭ではわかってる。でも結局、やる気が起きずに部屋にこもってしまう自分がいる。検索結果を辿っていくと、「心に効く薬局」というお店のサイトが出てきて、何となくタップしてみた。
 絵本みたいな可愛い感じのページ。熊がマスコットキャラクターなのか、至るところに熊のイラストがある。ふーんと思って見ていくと、「リモートでの処方も実施中です! お気軽に!」の表記。お店まで行かなくても処方してくれるのか。気がつくとリンクを押してしまっていた。
 アプリが立ち上がり、ビデオ通話がかかる。やばい、ほんとにかかってしまった。どうしよう、と若干焦る。まあ、嫌になったら切ればいいか。
 呼び出し音は「森のくまさん」。徹底してるなあ……と思っていると、画面がぱっと明るくなり、現れた光景に思わず「わっ」と叫んだ。画面の向こうに、熊がいる。
「こんにちはー! 心に効く薬局ですう」
 熊が画面越しに手を振っている。……これっていわゆる、キャラクターエフェクトみたいなやつ? Vtuber的な??
 最近の技術はすごいな……と感心していたら、
「何かお悩みなどございますか?」
 と熊が聞いてくるので、「何のために生きているのかわからない」と素直に心境を伝えてみた。
「わかりましたー。この後アプリの方に問診票をお送りしますので、詳細と、ご住所もご入力ください。そちら宛に処方薬をお送りしますねー」
 熊は画面が消えるまでずっと手を振り続けていた。なんだったんだろう……と呆けつつ、送られてきた問診票を入力し、送信ボタンを押した。

 二日後の昼間、書留が送られてきた。両親は仕事で不在の時間なので、自分で取りに玄関へ出る。トイレとシャワー以外の用事で部屋を出るのは久しぶりだった。
 自室で封筒を開くと、中からさらに紙の袋が出てくる。薬局で処方薬を入れて渡されるあの袋。濃い黄色のその袋からは、はちみつみたいな甘い匂いがした。容量は「一回分、七日後」。七日後? 七日分じゃなくて?
 不思議に思いながら、袋を開けた。細長い形の紙が一枚入っている。何だかどこかで見覚えがある。取り出してみるとそれは――
「た、宝くじ……?」
 一枚三百円で買える夢。昔一度だけ買ってみたことがあるけれど、見事にはずれた。その時はお金を無駄にしただけだと思って、以来買ったことはない。これがなんで、処方薬?
 はっと気付き、ネットで宝くじのサイトを開く。思った通り、当選結果の発表は七日後。そういうことか、と唐突に理解した。そして当選金額を見て息を呑む。一等・前後賞、合わせたその額。
「……十億円」
 頭がちかちかした。十億円もあれば、何の悩みもなく一生楽しく生きていけるじゃないか。働かなくても困らないし、好きなものも買える。そうか、そういうことだったのか。
 これはすごい処方薬だ。確かに効いた。てきめんだ。わざわざ一枚だけ、しかも書留で送られてきたこの宝くじには、きっとすごい魔法がかかっているに違いない。つまり、あと七日で大金持ちになれるんだ……!
 その日から七日間、毎日ネットを眺めるのに忙しかった。ほしいもの、行きたいところ、やりたいこと。お金さえあればいくらでも出てくる。とりあえず豪邸を建てて、引っ越そう。家の中に映画館やジムを作るのもいい。あとは毎月、海外旅行に行く。来月は憧れのイタリア旅行! ローマやベネチアへ行って、それから――
 とても楽しい日々だった。実際には、いつも通り部屋にこもってスマホをいじっているだけだけれど、ここ最近で一番充実した時間を過ごした。

 そして待ちに待った七日後。少しどきどきしながら宝くじのサイトを開く。絶対に当選しているだろう、と余裕をかまして見た当選番号の羅列。しかし見るや否や、あれ? と首を傾げた。
 ない。一等は疎か、前後賞もはずれ。かと思いきや、その下の全ての賞を探しても、一番下の賞の欄にさえ、自分のくじの番号は見つからなかった。
 ……おかしい。絶対当たるはずなのに。だって当たらなかったら何にも変わらない。はずれなんて、詐欺じゃん。何が「心に効く薬局」だよ、嘘つき……!
 気付くと薬局に電話をかけていた。文句を言ってやらないと気が済まない。数コール目で繋がった。画面に映ったのは、またあの熊。ふざけてる。ちゃんと素顔を見せろよ!
「あ、お久しぶりです! どうですかあ、その後?」
 すっとぼける熊に向かって怒鳴りつける。宝くじは当たらなかった。こんなの詐欺だ。お金を返してほしい。
「それは、それは、あの、本当に申し訳ありませんでしたあ……返金させていただきますので、ハイ……」
 熊はひたすら恐縮していた。もう少し言い返されたりするのかなと思っていたので、ちょっと拍子抜けしてしまった。返金は現金で手渡しになるという。仕方がないので、取りに行くことにした。
 久しぶりに外出着に着替え、久しぶりに家を出て、久しぶりに電車に乗り込む。目的地があってそこに向かって移動するというのが、もはやとても新鮮に感じた。
 薬局に着いて扉を開けると、思わず「わっ」と叫んだ。熊がいた。エフェクトとかじゃなくて本当に熊だったんだ……。恐縮し切った熊は何度も頭を下げながらお金を手渡してきた。
「なんか……やっぱりいいです。こちらこそすみませんでした」
 畏まった熊を見たら、なんだかどうでも良くなってしまった。すると熊は嬉しそうに笑って、
「あのう、今からお茶を入れるんですけど、奥で一緒にどうでしょう?」
 と誘ってくれる。迷ったけれど、喉が渇いていたのでお言葉に甘えることにした。
 奥の部屋はまるで書庫だった。たくさんの本が並んでいる。熊が入れてくれた紅茶は甘い香りがして、「喉にいいです」とのことだった。
「もしですよ、宝くじで十万円当たったら何に使います?」
 お茶を啜りながら熊が言った。十万? 十億じゃなくて? と思ったが、一応考える。けれどぱっと思いつかない。あんなに散々考えていたのに。
「じゃあ宿題にしましょ。十万円当たったら何に使うかお互い考えてきて、明日発表し合いましょうよ。明日は目にいいお茶を入れます」
 と熊が言うので、急遽明日もお茶会をすることに決まった。帰り道、十万円の使い道を考えながら歩く。十万だと金額が限られるから難しい。本当にほしいものしか選ぶことができない。

 次の日、また同じ時間に薬局の扉を開いた。目にいいお茶は美味しいけれど少し酸っぱい。
「十万あったら、海外旅行に行きたいです」
 お茶を飲みながら発表する。熊はふわふわの手で拍手してくれるが、ふわふわだからあまり音は鳴らなかった。
「どこに行きたいですか?」
 と聞かれ、
「イタリアがいいです。十万じゃ足りないかもしれないけど」
 と答えると、熊はすごく同意してくれるのでなんだか嬉しい。
「行きましょうよ、イタリア。一緒に行きましょう」
 熊はすっかり楽しそうだった。「私の十万円も、やっぱり旅行に使うことにします」とか言っている。架空の十万円の話なのに。
「イタリアで食べたいんですよお、クアトロフォルマッジ」
「クアトロ……?」
「四種類のチーズのピザですよ! はちみつをたっぷりかけていただくんです」
 熊は話しながらうっとりとしている。確かにそれは美味しそう、と同意すると、
「行きましょう。一緒に食べに行きましょう」
 と真剣に勧誘してくる。いや実は今、仕事してないから収入がなくて、と正直に伝えた。
「待ってますから私。あなたのお金が貯まるまで、はちみつパンで我慢してます」
 そう言って、熊はお土産にはちみつパンを持たせてくれた。また来ることを約束し、家へ帰った。

 自宅へ戻り、イタリアへの旅費を調べると、やはり十万では足りないようだった。そりゃそうだよなあ、とスマホを眺めてため息をつく。でも、いつまでも熊を待たせるわけにもいかないし。
 こりゃ貯まるまで時間がかかるぞ、と思いつつ、駅前でもらってきたバイト求人誌のページをめくり、はちみつパンにがぶりと齧り付いた。

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