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宝石店レガシー日本編④モリオン

漆黒の破邪、営業マンの誤算(モリオン)

​京都の珠数業界は、一見華やかに見えて、その内側は気が遠くなるほど保守的だ。

何代も続く老舗の主たちは、扱い慣れた定番の素材を好み、出所の怪しい新しい石には滅多に手を出さない。

​「……はぁ。やっぱり、京都の街は壁が厚いわ」

​秋風が吹き抜ける現在の『Legacy』のカウンターで、深いため息をついたのは、仕立ての良いスーツを着た若い男だった。

彼の名は、浅野。主に京都や大阪の珠数製造の会社を相手に立ち回る、貴石の卸売会社の営業マンだ。

​「どうした浅野。顔が死んでるぞ」

ヨーキが声をかけると、浅野は縋るような目で俺を見つめ、カバンから一つの包みを取り出した。だが、あまりの落胆からか、それを開けようともせずカウンターに置いたまま愚痴をこぼし始めた。

​「聞いてくれよヨーキさん。これ、うちの社長がルートを開拓して、わざわざ台湾の工場に頼んで最高級の研磨と穴あけ加工を施した『黒い石』なんだ。絶対に珠数にぴったりだと思って京都の老舗を何軒も回ったんだけど……どこに行っても『オニキスと何が違うねん』『高いだけで、見た目はオニキスと一緒やろ』って、まともに見てもくれなくて。全く売れないんだよ……」

​浅野は頭を抱えた。市場ではオニキスの方が圧倒的に安く手に入るから、老舗のオヤジどもは、黒い石というだけでそれ以上見ようともしなかったんだろう。

​「おい浅野。老舗のオヤジどもはともかく、俺を誰だと思ってる」

​俺はフッと不敵に笑い、浅野がようやく包みを開いて、その黒い石をカウンターに出したまさにその瞬間――ヨーキは手を伸ばし、その漆黒の珠を指先でつまみ上げた。

​「俺が、あんたの持ってきた黒い石を見て『オニキス』なんて安物と見紛うわけがないだろう。並べて比べるまでもない。こいつは100%、正真正銘の黒水晶モリオンだ」


​浅野がハッとして、それから救われたような顔で深く息を吐いた。

「……やっぱり、ヨーキさんなら分かってくれると思った。黒い石の話をした時点で、僕がありふれたものを持ってくる訳が無いって、最初から信じてくれてるのが本当にありがたいよ」

​「当たり前だ。俺が京都の数屋珠数で仕事をしてた頃、どれだけ石を触ってきたと思ってる」

ヨーキはモリオンの珠をライトに透かしながら、不敵に笑った。

​「輝きと『黒の深さ』がまるで違う。オニキスは微結晶の集まりだからどこか生ぬるい黒だが、モリオンは結晶の内部で光を100%吸収する。すべての光を拒絶する、この『吸い込まれるような絶対的な闇』は、オニキスなんかじゃ絶対に誤魔化せない。数珠という祈りの道具において、あらゆる邪気や迷いの光を一切通さずに無に帰す……その機能を持つのは、このモリオンだけだ。これだけの本物、俺が珠数屋にいた若い頃なら、その場ですべて買い上げてただろうな。……実際、似たようなことがあったんだよ」

​ヨーキはモリオンの珠を転がしながら、懐かしい記憶を浅野に語った。

​「昔、俺が珠数屋の営業としてまだ若かった頃、お得意先の展示会ブースに売り子として立たせてもらったことがあってな。その時、周りの連中が『オニキスと変わらん』って切り捨てたモリオンをブースに並べておいたんだ。そしたら、石の真実を見極められる真に目の肥えた客たちが、会場の遠くからでもその異質な存在感に気づいて、真っ直ぐこっちに足を止めた。

『――ちょっと、あそこにある黒い石、モリオンでしょう? 素晴らしい黒ね』ってな。遠目からでも一発で見抜いたコレクターたちが次々と集まってきて、沢山買ってくれたよ。老舗の連中が『売れない』と弾いた石は、本当の価値が伝わる場所に出せば、ちゃんとお客さんが呼応してくれるんだ」

​さらに俺は、珠の穴の周辺を凝視した。

「台湾の職人の加工ってのも本当だな。硬くて割れやすい水晶の穴あけを、日本の職人は嫌がるが、こいつは糸が擦れて切れないように穴の淵に見事な面取りがしてある。これなら一生物の珠数が組める。最高の材料だよ。……浅野、この在庫、うちが全部言い値で買い上げる」

​浅野の目が、みるみるうちに輝きを取り戻していく。

「ヨーキさん……! ありがとう!」

​彼が嬉そうに契約を交わし、弾んだ足取りで店を飛び出していった、その直後だった。

​カツン……!と、ガラスが硬く噛み合うような、鋭い音が現在の店内に響き渡った。

​壁に掛けられた胸当てのベース。

黄金色のマスのさらに隣、四つ目のマスが、俺が手にしたモリオンの「絶対的な闇」の波動、あるいは俺が証明した「若き日の職人としての眼力」に強烈に響き合ったのだ。

​緑、漆黒、黄金。その隣に、今度はすべての光を吸い込むような、不気味なほどに美しい「究極の黒」が満ちていく。

大地の庭、深海、人間の炎。そして四つ目に胸当てが収めたのは、大地の底で放射線を浴びて完成した「光を拒絶する闇」の秩序だった。光が収まったとき、四つ目のマスには、完璧なモリオンの漆黒が嵌まり込んで覚醒していた。

​俺はカウンターの黒い珠をそっと撫で、四つの光を放つ胸当てを見上げた。

​「本物の黒は、遠くからでも人を引き寄せる。……エレアザルさん、この胸当て、どんどん面白い色に染まっていくぜ」

​格子戸の向こう、京都の夜が更けていく。

全ての光を吸い込むモリオンの輝きが、『Legacy』の奥で、次の奇跡を静かに待ち受けていた。

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