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写実的描写音楽:「テンペスタ・ディ・マーレ(海の嵐)」協奏曲 RV253

今回はヴィヴァルディの500曲を超える数の協奏曲の中でも、最も有名な作品の一つであるヴァイオリン協奏曲『海の嵐』(作品8の5)について。

ヴィヴァルディには、『海の嵐』(作品10)と同じ題名を与えられたフルート協奏曲もありますが、全く別の曲です。

紛らわしいですが、どちらも同じくらいに優れていて、どちらの作品もアドリア海の女王と呼ばれた海洋国家ヴェネツィア共和国らしい音楽です。

ヴェネツィアはかた(ラグーン)の上に建てられた水の都。

ヴェネツィアの文化は海を母体として育まれたもの。

生粋のヴェネツィアっ子のヴィヴァルディが海の音楽を書かない方がおかしいですよね。

オペラの中にも荒れ狂う海の音楽が何度も登場しますが、具体的な協奏曲としては、出版されたヴァイオリン協奏曲とフルート協奏曲の二曲が『海の嵐』です。

https://phys.org/news/2018-10-paradise-lost-tourist-danger-death.html

荒れ狂う海を描写したヴァイオリン協奏曲『海の嵐』

1725年頃にヴィヴァルディの作品8

「和声と創意の試み」(Il cimento dell'armonia e dell'inventione)

和声・調和(dell'armonia)は
「伝統的な作曲技法」
創意・発明・インベンション(dell'inventione)は
「新しい技法・創作」
その二つを組み合わせた
(Il cimento=試した・試練)
曲集

の第5番として出版されたヴァイオリン協奏曲(1725年頃)『海の嵐』。

同じ曲集の中の『四季』(作品8の1から4)と同じく、プログラム音楽的な性格を持ち、ヴァイオリンの鋭さと力強さで、荒々しい大嵐や暴風雨が吹き荒れているような海を描写しています。

弦楽合奏の厚みが「大海の咆哮」を感じさせ、弦楽器の力強い音色とダイナミクスにより、嵐の「ドラマチックな暴力性」が強調されます。

ヴァイオリン協奏曲『海の嵐』

『四季』が含まれる作品8の曲集は描写的な音楽であることが特徴的ですが、全12曲中7曲に作曲者ヴィヴァルディによって、次のような題名が与えられています:

  • 第1番ホ長調「春」

  • 第2番ト短調「夏」

  • 第3番ヘ長調「秋」

  • 第4番ヘ短調「冬」

  • 第5番変ホ長調「海の嵐」(大嵐!)RV 253

  • 第6番ハ長調「快楽」 RV 180

  • 第10番変ロ長調「狩り」 RV 362

最初の4曲は現在では『四季』としてまとめられていますが、曲集的には、『冬』の続きが『海の嵐』です。

ソネットの詩句が添えられて、具体的な情景描写はあるのは『四季』だけですが、言葉はなくとも、ヴェネツィアに住む人ならば、海の嵐の恐怖をすぐさま想起できるような見事な描写音楽が第五番「海の嵐」。

まずは次の解説を読みながら、標準的模範演奏として選んだ名手アンドリュー・マンゼのバロック・ヴァイオリン録音をお聴きください。

第一楽章:プレスト(嵐の描写)

激しい弦のトレモロと独奏ヴァイオリンの高速アルペジオが嵐のうねりを描写。

連続する16分音符のスケールが風や波の動きを模倣。

第二楽章:ラルゴ(静けさ)

穏やかな弦の伴奏に、ヴァイオリンの歌うようなメロディ。

嵐の後の静寂や内省的な情景を描く。

深い情感と長いフレーズが特徴。

第三楽章:プレスト(嵐の再現)

ヴァイオリンの技巧的なパッセージと弦のエネルギッシュなリズムが嵐の再来を表現。

重厚で劇的なクライマックス。

コパチンスカヤの前衛音楽的ヴィヴァルディ

さて、バロックヴァイオリンの名手マンゼの演奏は鄙びた響きの楽器の魅力を堪能するには最高の美演ですが、「大嵐」の表現としてはいささか物足りないかもしれません。

録音ではなく、実演ではきっともっと衝撃的な演奏かもしれませんが。

バロック音楽はのちの古典音楽のような調和のとれた格調の高さよりも(曲集作品8の「調和」)、即興性と自由な解釈こそ(曲集作品8の「創意」)が真のバロック音楽の魅力です。

調和部分と創意部分の二つの要素があるのが作品8の音楽ですが、現代的にはわれわれは「創意部分」により惹かれます

のちの古典音楽以降では、即興演奏要素は次第に失われてゆく要素だからです。

その意味で、私が見つけたこの曲の最高の演奏は、モラヴィア民族音楽のエキスパート

パトリシア・コパチンスカヤ
Patricia Kopatchinskaja

のアルバム(『What's Next Vivaldi?』:2020年)の録音ではないでしょうか。

バロック音楽と現代音楽の融合の試みがコパチンスカヤの演奏。

ジュゼッペ・アルチンボルドを
思わせるユニークなCDジャケット

物心ついたころから両親の奏でる民族楽器演奏を通じて、徹底的にモラヴィア(旧チェコスロヴァキアの一部)の民族音楽に親しんで、正統的なクラシック音楽をそののちに学んだという出自から知れるように、コパチンスカヤの奏でるヴァイオリンは流浪の民ロマ(ジプシー)のヴァイオリンの直系音楽であるかのように自由。

スズキメソードやジュリアード音楽院でヴァイオリン演奏を正統的に学んでも、決して彼女のようなヴァイオリンは弾くことは叶いません。

「最も前衛的な意味という意味で、反アカデミズムで現代的

‘anti-academic and modern
in the most avant-garde sense of the term’

というイル・ジャルディーノ・アルモニコの指揮者ジョヴァンニ・アントニーニの言葉を読みましたが、言い得て妙ですね。

バロック時代の時代考証など無視して、民族音楽の鍛えられた彼女の鋭敏な現代的感性だけで楽譜を読みこんで吹き込まれたのがこの録音。

コパチンスカヤは明らかに古典やロマン的な音楽よりも、20世紀のモダニズムや18世紀以前のバロック音楽により親しみを感じていて、過激なバロック音楽演奏で知られる古楽団体「イル・ジャルディーノ・アルモニコ: Il Giardino Armonico」との共演を望んでいて、ついに実現したというのが、彼女が2020年に録音した

『What's next Vivaldi?』
ヴィヴァルディさん、つぎは何がいい?

でした。

500曲を超えるヴィヴァルディの協奏曲のほとんどは、ピエタ慈善院の募金集めの慈善コンサートのために書かれたものです。

ピエタの女性だけの管弦楽団は高度な演奏技術で知られていました。

ヴィヴェルディの弟子の「ピエタのアンナ・マリア」など、常人離れした技巧による超絶的な音を聞かせる演奏者たちで有名でした。

超絶技巧で知られたタルティーニよりも優れていて、「イタリア最高のヴァイオリン奏者」と呼ばれたアンナ・マリアのことはまた次回に。

女子演奏者たちは男性の目から遠ざけられないといけないため、ラティス格子の向こう側にいましたが、観客からは演奏者の姿はよく見えなくとも、聴き手を驚かせる、斬新な響きを伴った強烈なリズムと飛び跳ねる音はまさに聴覚的な見世物でした(19世紀のフランツ・リストがピアノリサイタルで超絶技巧を視覚的かつ聴覚的に聴かせたのにも似ています)。

ヴィヴァルディの音楽の多くが攻撃的な印象・強烈な刺激を与えるのはそのためです。

音だけで聴衆を圧倒する音楽、それがヴィヴァルディの協奏曲でした。

民族音楽に深く通じたヴァイオリニスト、パトリシア・コパチンスカヤは、ヴィヴァルディの《RV 253「海の嵐」》を即興性と大胆な装飾を駆使して再構築。

https://www.patriciakopatchinskaja.com/

バロック音楽では、演奏者が楽譜に装飾や即興を加えることが一般的でしたが、コパチンスカヤはこの伝統を現代的に解釈。

民族音楽のリズムやニュアンスを織り交ぜながら、彼女の演奏は、単なる技巧の披露を超えて、嵐の情景を劇的かつ野性的に描き出し、聴衆に鮮烈な印象を与えます。

超高速のパッセージや予測不能なフレージングは、まるで嵐の中で舞う風や波のように、わたしたちの感覚を揺さぶらないでしょうか。

《海の嵐》は、ヴィヴァルディのヴィルトゥオーゾ性と描写力が融合した作品であり、「騒々しさ」「技巧の見せつけ」は、嵐の情景を伝えるための意図的な演出です。

コパチンスカヤはこの意図を汲み取りつつ、即興性と遊び心を強調することで、バロック音楽の自由な精神を現代の聴衆に伝えています。

彼女のアプローチは、マンゼのような歴史的演奏実践とは異なるかもしれませんが、バロック音楽が本来持っていた劇場性やエンターテインメント性を再発見させてくれるものです。

聴衆を驚かせ、楽しませるという目的において、彼女の演奏は非常に効果的であり、むしろ「バロック音楽において正統的」とさえ言えるでしょう。

希代のエンターテイナーだった劇場支配人ヴィヴァルディが意図した「音による遊び」は、コパチンスカヤの手によって新たな命を吹き込まれ、現代の舞台で鮮やかに蘇り、彼女の演奏はバロック音楽の本質を捉えながらも、現代的な感性と民族的な色彩を加えることで、聴衆に新しい体験を提供しているのです。

さて、それでは彼女の「超過激な」演奏、アンドリュー・マンゼの正統的な演奏と聞き比べてみてください。

次の演奏動画、まさに見世物ですね!

格調高いマンゼの演奏とはまったく別の曲のよう。

第一楽章:プレスト(嵐の描写)

超高速テンポに攻撃的なアクセント。

「囃子(声)」さえも含まれていて、非バロックな現代音楽的フレーズによる即興がヴィヴァルディを彩ります。

雷鳴がとどろき(ウィンドマシーンが採用されています)、大嵐はすべてを破壊してしまうかのような音の表現。

Wind machine

第二楽章:ラルゴ(静けさ)

音楽は止まり、幻想的な歌を歌う。

第三楽章:プレスト(嵐の再現)

歌わないでヒステリックに語りかけるヴァイオリン。

ヴァイオリンに喧嘩を売っているような激烈なオーケストラの響き。

表現技法は歴史的バロックとは全く異なる現代音楽風。

マンゼの正統的演奏がヴェネツィアの海の傍のホテルから窓の外の嵐を眺めているような演奏だとすれば、コパチンスカヤの超過激演奏はまさに雷雨の吹きすさぶ運河の上の揺れるゴンドラの中にいるような演奏でしょうか。

即興と遊び要素を尊ぶバロック音楽の表現はどこまでも自由です。

コパチンスカヤのアルバムには、ヴィヴァルディと一緒に現代ヴァイオリンン音楽の作曲も併録されています。

ヴィヴァルディさん、それじゃ次は何を弾けばいい?
変則リズムの現代音楽はどう?

っていうわけですね。

同じアルバムの「バグパイプ」や「スピッカート」も大変に刺激的。

ヴィヴァルディの超絶技巧ヴァイオリン音楽とは、古い時代の技法を独自に極めたバッハなどと比べると、まさに18世紀の前衛音楽でした。

バッハの名作「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ」は1720年代 (1717-1723) のケーテン時代の作曲。

1725年に出版された『海の嵐』協奏曲や『四季』協奏曲がバッハの名作と全く同時代の作品だとはなかなか信じがたいかも。

FluxおまけAI画像:ヴェネツィアの海の嵐


シリーズとしては:

ヴィヴァルディ全作品鑑賞17:
ヴァイオリン協奏曲作品8-5「海の嵐」

でした。

ヴィヴァルディ関連の過去記事はマガジンにまとめてあります。


もっとコパチンスカヤを知りたいといわれる方には、次の記事が参考になります。彼女の民族音楽的素性がしっかりと解説されています。


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