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サグラダ・ファミリアは立体曼荼羅なのか〜ガウディが未来に託した祈り〜


2026年6月10日
ガウディ没後100年のこの日、ローマ教皇レオ14世により、イエスの塔完成記念ミサが行われました。
聖堂には4000人が参列し、その中にはスペイン国内の他宗教の代表の方もいたそうです。

歴史番組、現地生中継や海外報道などNHKのいくつかの番組を見て、気になったことを調べつつ、感想を書いていきたいと思いました。

①立体曼荼羅としてのサグラダ・ファミリア

これを言うと怒られるかもしれないのですが、サグラダ・ファミリアの特集番組を見ていて、私が真っ先に思い浮かべたのは京都の東寺でした。
番組の中で繰り返し語られていたのは、
「言葉がわからない人にもキリスト教の教えや世界観が伝わるように、多くの彫刻を配置した」
というガウディの思想です。
その説明を聞いた瞬間、私は空海が平安時代に整えた東寺の立体曼荼羅を連想しました。東寺講堂には、大日如来を中心として二十一体の仏たちがそれぞれの意味を持って配置されています。弘法大師空海が考案した東寺の立体曼荼羅は、文字を読めない人でも、その空間に身を置くことで密教の世界観を体感できるよう工夫された祈りの空間です。

もちろん密教とキリスト教はまったく異なる宗教です。しかし私には、サグラダ・ファミリアもまた、建築そのものを用いて信仰の世界を表現しようとした巨大な「立体曼荼羅」のように見えました。
外壁を埋め尽くす聖書の物語。
無数の彫刻。
生き物たちの姿。
そして内部へ入ると現れる光の森。
そこでは建築が単なる建物ではなく、信仰を伝えるための言葉そのものになっています。
見るものの心に響くためにリアリティを重視したガウディは、人物像には実際にバルセロナ市民をモデルにしたそうです。彫刻家の目の前にポーズを取って長時間座ってもらったとのことでした。また、ガウディは弟子の彫刻家には、家で昆虫を飼うように言ったそうです。死んだ昆虫ではな、生きた昆虫を毎日観察することで、あのような生き生きとした造形美が生まれてだということに,改めて驚きました。
番組では、受胎告知やキリスト誕生の場面だけでなく、幼児虐殺やエジプト避難といったキリスト苦難の物語も彫刻によって表現されていることが紹介されていました。
さらには蜘蛛やカエル、亀といった小さな彫刻にまで意味が込められているそうです。水にまつわる生き物を吐水口に配するなど,これも,京都で見た仏教建築にどこか通じるものを感じました。まるで仏像の持物や印相を読み解くように、ひとつひとつの彫刻が象徴として存在しているのです。
だからサグラダ・ファミリアは、おそらく一度見ただけでは理解できないでしょう。東寺の立体曼荼羅が何度訪れても新しい発見を与えてくれるように、この聖堂もまた、見る人それぞれが異なる意味を読み取ることのできる空間なのでしょう。完成した建築物でありながら、解釈の旅は終わらない。その意味では、サグラダ・ファミリアは今もなお成長を続ける巨大な立体曼荼羅なのかもしれません。

②ガウディが託した未来への設計図

サグラダ・ファミリアの物語で私が最も心を動かされたのは、その壮大な建築技術よりも、「未来への信頼」でした。

ガウディがサグラダ・ファミリアに本格的に関わり始めたのは31歳の頃です。逆さ吊り模型による構造実験を重ね、41歳頃からは降誕のファサードの制作に取りかかります。そして62歳になると、他の仕事をほぼ全てやめ、サグラダ・ファミリアの建設に人生を捧げました。しかし彼は完成を見ることなく世を去ります。
1926年6月10日、路面電車との接触事故によって亡くなったのは73歳の時。完成していたのは建物全体のほんの一部に過ぎませんでした。
さらにその後、1936年に勃発したスペイン内戦で工房は焼失し、模型や図面の多くが失われてしまいます。
普通ならそこで終わっていたかもしれません。

ところが、職人たちは焼け跡から模型の破片を拾い集めました。NHKの番組では、その破片から法則性を読み解き、失われた設計思想を復元していく過程が紹介されていました。とりわけ印象的だったのは、今回完成したイエスの塔です。そこには完成模型も詳細な設計図も残されていなかったそうです。
残されていたわずかな記録と、ガウディが他の建築部分で用いた法則性を手がかりに、後世の建築家たちが構造を読み解いていったといいます。
まるで失われた古文書を読み解く歴史学者のようです。私はそこでふと思いました。

ガウディは、自分一人で完成させる建築を作ろうとしていたのではないのではないか、と。むしろ、自分がいなくなった後も、人々が考え続け、学び続け、作り続けることを前提にしていたのではないでしょうか。
職人たちに向けた
「みな、明日はもっと良いものを作ろう」
という言葉にも、その思想が表れているように思います。完成形を独占するのではなく、未来へ託す。
答えを残すのではなく、考えるための手がかりを残す。
それはどこか、長い年月をかけて受け継がれてきた寺院や仏教文化にも通じるものを感じます。ガウディの死から100年。着工から144年。
今回のイエスの塔完成は、一人の天才建築家の偉業というよりも、世代を超えて受け継がれた人々の祈りと努力の結晶なのだと感じました。

③光の聖堂と森の建築

サグラダ・ファミリアの映像を見ていて、私は何度も「光」という言葉をメモしていました。
建物の外観はもちろん圧倒的です。
しかし多くの人が感動するのは、むしろ内部空間なのかもしれません。聖堂の中に入ると、そこには色とりどりの光が満ちています。
東側のステンドグラスは朝のイメージで、青や緑。🟦🟩
西側のステンドグラスは夕方のイメージで、黄色や赤。🟨🟥
太陽の動きによって光は刻々と変化し、同じ場所であっても一日のうちにまったく異なる表情を見せることでしょう。
石で造られた巨大建築でありながら、不思議なほど重苦しさを感じさせません。
建築家の隈研吾氏は、その空間を「結界のようだ」と表現していました。
確かに映像を見ていると、そこは単なる建物の内部ではなく、別の世界への入口のようにも感じられます。
さらに印象的だったのが柱です。
サグラダ・ファミリアの柱は真っ直ぐ天井へ伸びているのではありません。
上へ行くほど枝分かれし、まるで大樹の枝のような形 になっています。
天井を見上げると、そこには石の森が広がっています。
木々の間から木漏れ日が差し込む森。
その森の中に人々が集う空間。

ガウディは病弱な少年だったため、幼い頃から自然をよく観察していたといわれます。彼にとって自然は単なる観察対象ではなく、神の創造そのものだったのでしょう。
だから柱は柱としてではなく樹木となり、天井は森の梢となり、聖堂全体がひとつの生命体のような姿を見せます。
番組の中で紹介されていた「森に行くと神様がいる」という言葉が印象に残りました。
日本人にとっても、森や巨木に神聖さを感じる感覚は決して珍しいものではありません。神社の鎮守の森を思い浮かべる人もいるでしょう。
宗教は違っても、人が自然の中に神聖なものを見出してきた点では共通する部分があるように思えます。

そしてサグラダ・ファミリアは、森であると同時に楽器でもあります。
ガウディは18の塔に鐘を設置し、地下の鍵盤のようなもので「演奏」して、街中にその音色を響かせる構想を持っていたそうです。なんと、サグラダファミリア自体が巨大な楽器となるのです。
2015年に聖堂内での初めてのコンサートで指揮をした大野和士氏は、聖堂内部の音響について「音が螺旋を描きながら上へ昇っていくようだった」と語っていました。

光が降り注ぎ、音が天へ昇る。

これはもう、パトラッシュ‼️
もとい、ルーベンスの絵を見て、マリア様の前で息絶える少年ネロ のイメージです。

森のような柱に囲まれた空間で、人は自然と天を見上げる。サグラダ・ファミリアは単なる建築物ではありません。光、色彩、音、そして自然の造形を用いて、人の心を動かすために設計された巨大な祈りの空間なのだと思います。
だから宗教を持つ人も持たない人も、あの空間に足を踏み入れた瞬間、思わず言葉を失うのでしょう。

④なぜ異教徒の私まで惹きつけられるのか

ここまで書いてきて、改めて不思議に思います。私はキリスト教徒ではありません。むしろ歴史を調べる中で親しんできたのは、神社や寺院、日本の神仏習合の世界です。
それなのに、なぜサグラダ・ファミリアにこれほど惹きつけられるのでしょうか番組を見ながら、その理由をずっと考えていました。

最初は建築の美しさだと思っていました。しかし、それだけでは説明できません。世界には美しい建築がたくさんあります。芸術作品も数え切れないほどあります。それでもサグラダ・ファミリアには、何か別の力があるように感じるのです。

NHKの番組の中で繰り返し語られていたのは、「誰にでも開かれた場所」という理念でした。
ガウディは若い頃、
「教会は高貴な人にも貧しい人にも開かれていなければならない」

「道路に面した場所に建てよ」


「扉は常に開けておけ」

と語っていたそうです。
しかしガウディ自身は若い時は無神論者だったという説もあるほど,幼い時から熱心に教会に通っていた人ではありません。おとなになって建設に関わるようになってから聖書の意味一つ一つを勉強したようです。
また、サグラダ・ファミリアそのものも、王侯貴族のためではなく、市民が少しずつ寄付を持ち寄って建設された贖罪教会です。

サグラダ・ファミリアは「贖罪教会」と呼ばれています。正式名称は
「聖家族贖罪教会」
Temple Expiatori de la Sagrada Família
と言います。ここでいう贖罪教会とは、人々が罪を悔い改め、祈りを捧げるための教会を意味しています。

キリスト教でいう贖罪とは、人間の罪を悔い改め、神との和解を願うことです。この教会は王侯貴族や国家が建てたものではなく、市民たちが少しずつ寄付を出し合って建設された祈りの場でした。
社会の分断や貧富の差が広がる時代に、「人々が共に祈る場所を作ろう」という願いから生まれた教会 だったのです
今回の報道では、移民や難民を招待する取り組みも紹介されていました。
宗教や国籍の違いを超えて、多くの人を迎え入れようとする姿勢が今も受け継がれていることに驚きました。

そして私は、その考え方にどこか懐かしさを感じました。日本の寺社を歩いていると、宗派の違いをあまり意識しないことがあります。初詣は神社へ行き、お盆には先祖を供養し、旅先では寺院を訪ねる。信仰の形は違っても、「祈る場所は誰にでも開かれている」という感覚が、日本には昔からあるように思います。

だから私はサグラダ・ファミリアを見ていて、「異国の宗教施設」というよりも、「祈りのための場所」として親しみを感じたのかもしれません。さらに興味深かったのは、ガウディ自身が若い頃は無神論者だったという話です。自然を観察し、建築を追究し、教会建築に携わる中で信仰を深めていったといわれています。最初から信仰の世界の中にいた人ではなく、考え、悩み、探し続けた人だった。

だからこそ、その建築には信者だけではなく、私のような異教徒の心にも届く何かがあるのでしょう。番組の最後に紹介されていたガウディの言葉が印象に残っています。

「サグラダ・ファミリアには、どこから来たかに関係なく、それぞれの人へのメッセージがある」

もしそうならば、私が受け取ったメッセージは何だったのでしょう。
それは特定の宗教の教えではなく、人は祈りを必要とする存在なのだということ。そして、その祈りの形は違っても、人がより良く生きたいと願う気持ちは共通しているのだということでした。だから私はキリスト教徒はないのにも関わらず、この建築に惹きつけられるのかもしれません。


⑤外尾悦郎という継承者

ガウディが未来に託した設計思想。
そのバトンを受け取った人の中に、一人の日本人がいます。外尾悦郎氏です。大学で彫刻を学び、その後は中学校や高校で美術教師を務めていた外尾氏は、25歳の時に「石を彫りたい」という思いを胸にヨーロッパへ渡りました。

そしてサグラダ・ファミリア建設現場に積まれていた石を見た瞬間、「この石は僕を待っている」と感じたそうです。志願し、試験を受け、建設に参加。

それから45年以上にわたり、サグラダ・ファミリアと向き合い続けています。今では彫刻部門の主任として、多くの職人たちを率いる存在です。
NHKの番組を見ていて印象的だったのは、外尾氏が自らの人生を「プロビデンシア(神意)」という言葉で語っていたことでした。偶然ではなく、導かれた結果だったというのです。

もちろん私はキリスト教徒ではありません。しかし、その言葉には不思議な説得力がありました。なぜなら外尾氏の歩みは、単なる海外就職や成功物語ではないからです。言葉も文化も宗教も異なる土地で、人種的な偏見や様々な困難を乗り越えながら、ひたすら石を彫り続けてきた人生だからです。そして何より興味深かったのは、外尾氏が「外国人だからこそ見えるものがある」と語っていたことでした。

ただし、それは思いつきで意見を言うという意味ではありません。膨大な文献を読み、歴史を学び、徹底的に調べ、裏付けを取る。その上で初めて、自分の考えを述べるのだそうです。私はその姿勢に強く惹かれました。

歴史を調べることが好きな私にとっても、まず資料にあたり、考え、確かめるという営みはとても大切なことだからです。また外尾氏は、

「芸術は真実を求める一つの道」
と言います。そして、
「最大の敵は自分自身」
とも言います。この言葉は、ガウディが職人たちに語った
「みな、明日はもっと良いものを作ろう」
という言葉とどこか重なって聞こえました。他人に勝つことではない。昨日の自分を超えていくこと。完成を急ぐのではなく、より良いものを目指し続けること。それがサグラダ・ファミリアに流れる精神なのかもしれません。
外尾氏は、サグラダ・ファミリアを訪れる人に、
「完成するのか、いつ完成するのか、ということはいったん忘れてほしい」
と語ります。そして問いかけます。「完成とは何か」と。
考えてみれば、サグラダ・ファミリアは建物として完成に近づいています。
しかし、その意味を読み解く旅は終わりません。私が東寺の立体曼荼羅を何度見ても新しい発見があるように、この聖堂もまた、訪れる人それぞれが新たな意味を見出していくのでしょう。ガウディが蒔いた種は、100年後の今も人々の中で育ち続けています。

そして私は、ここで再び東寺の立体曼荼羅を思い出しました。東寺もまた、空海が作ったままの姿で残っているわけではありません。火災や戦乱を乗り越え、多くの人々によって守られ、修理され、受け継がれてきました。空海がいなくなった後も、その思想を理解しようとする人々がいたからこそ、今の私たちはその世界観に触れることができます。もしかすると、サグラダ・ファミリアも同じなのかもしれません。ガウディが残したのは、完成した建築ではありませんでした。未来の人々が考え、学び、受け継ぐための種でした。

外尾悦郎氏は、その種を育て続けてきた一人です。しかし同時に、彼自身もまた次の世代へバトンを渡そうとしているのでしょう。だからサグラダ・ファミリアの本当の完成とは、建物が完成することではないのかもしれません。

人から人へ。
時代から時代へ。

祈りと思想が受け継がれていくこと。

その営みそのものが、サグラダ・ファミリアという建築の本質なのではないか、そんなことを考えました。
外尾悦郎氏は、そのことを体現している「継承者」の一人なのだと感じました。

⑥イエスの塔完成が意味するもの

2026年6月10日。
ガウディ没後100年の日に、サグラダ・ファミリアの中心となるイエスの塔完成記念ミサが行われました。
番組を見始めた時の私は、単純に「おのサグラダファミリアがついに完成した」というニュースだと思っていました。しかし調べ、考え、こうして文章を書いているうちに、少し違うような気がしてきました。

なぜなら、今回完成したのは単なる塔ではないからです。ガウディは1926年に亡くなりました。その後、スペイン内戦によって模型や図面は失われました。それでも人々は諦めませんでした。失われた模型の破片を拾い集め、法則を読み解き、思想を受け継ぎながら建設を続けました。

建築家。彫刻家。石工。職人。研究者。寄付を続けた市民。
そして世界中から訪れる人々。
100年という時間の中で、数え切れないほどの人々がこの建築に関わってきました。

だからイエスの塔完成とは、一人の天才建築家の夢が実現したというだけの出来事ではありません。世代を超えて受け継がれた祈りが、一つの形になった瞬間だったのだと思います。
私はこの記事の冒頭で、サグラダ・ファミリアを東寺の立体曼荼羅になぞらえました。
今もその印象は変わりません。東寺もまた、空海一人の力で千年以上残ったわけではありません。幾度もの災害や戦乱を乗り越え、多くの人々によって守られ、修復され、受け継がれてきました。

サグラダ・ファミリアも同じです
ガウディが残したものは石の建築だけではありませんでした。未来を信頼するという思想そのものだったのではないでしょうか。

自分が完成を見られなくても構わない。
後の人々が続きを作ればよい。
後の人々が考えればよい。
後の人々がさらに良いものにすればよい。
その信頼があったからこそ、この建築は100年を超えて生き続けたのだと思います。

そして私は、今回のイエスの塔完成が教えてくれたことは、建築の話だけではないように感じています。人は自分一人で全てを完成させることはできません。けれども、自分が蒔いた種を次の世代へ託すことはできます。

知識も。文化も。祈りも。歴史も。
受け継ぐ人がいる限り、それらは生き続けます。
ガウディ没後100年。
イエスの塔完成という出来事を通して私が受け取ったメッセージは、「未来を信じること」でした。
だからサグラダ・ファミリアは、完成に近づいた今もなお成長を続けているのでしょう。

石の聖堂でありながら、人々の心の中で生き続ける建築として。


⑦終わらない祈り

この記事を書き始めた時、私はサグラダ・ファミリアを「素晴らしい建築で芸術」「世界的な観光名所」くらいの認識でしか見ていませんでした。
拠り所としての教会という認識は,自分の中には皆無でした。

もちろん名前は知っていました。ガウディの代表作であることも知っていました。しかし、それ以上のことはほとんど知りませんでした。ところが番組を見て、資料を読み、こうして文章を書いているうちに、私の中でサグラダ・ファミリアの姿は少しずつ変わっていきました。

すでになんとなく知っていた
建築としての素晴らしさ
芸術作品としての素晴らしさ
これらについて深く知ることができました、
そして最後には、人々の祈りが積み重なった巨大な物語のように見えてきました。

ガウディは亡くなりました。
けれども建築は続きました。
図面が失われても続きました。
戦争があっても続きました。
資金難の時代も続きました。
そこには常に、「自分の代で終わらなくてもよい」という思想がありました。考えてみれば、人類の文化とは本来そういうものなのかもしれません。

寺院も神社も城も仏像も。
歴史書も文学も。
誰か一人が完成させたものではなく、多くの人が受け継ぎながら未来へ渡してきたものです。

私が普段親しんでいる京都の寺院も同じです。
空海が残した思想。
法然が語った言葉。
親鸞が考えた教え。
それらは本人がいなくなった後も、多くの人によって守られ、伝えられ、今日まで生き続けています。

サグラダ・ファミリアもまた、その大きな流れの中にあるのでしょう。
ガウディ没後100年。
イエスの塔完成という節目を迎えた今、私が受け取ったのは「完成」の物語ではありませんでした。

むしろ逆です。
人は一代では成し遂げられないものがある。だからこそ未来を信じる。
自分が蒔いた種を、まだ見ぬ誰かに託す。その営みこそが文明であり、文化であり、祈りなのだということです。
サグラダ・ファミリアは、すこしづつ建築の完成は近づいてきています。

けれども、人々がそこから何かを感じ取り、考え続ける限り、本当の意味で完成することはないのかもしれません。ガウディが蒔いた種は、100年後の今も育ち続けています。
そしておそらく100年後も。
その意味では、サグラダ・ファミリアは「完成した建築」ではなく、「成長し続ける祈り」そのものなのだと思います。

もうここは,ガイドブックで見て,テレビで見るだけでは物足りないです。京都の寺院同様「現地で空気を体感する」ことが、とても重要なのだとも感じました。
なかなか遠い道のりかもしれませんが、ガウディが提示したものをぜひ現地で体感したいと思いました。

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