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日本の音楽100年史 PART 3 '00~現代

R&Bの革新からデジタル・SNS時代の到来
(2000年代〜現代)

ブラックミュージックの本格的な受容から、スマートフォンの爆発的普及、そして社会の大きな変容に伴い、歌詞の受容スタイルが「深く読み解く・アルバムで所有する」ものから「直感的に伝わる・単曲で消費される」ものへと決定的に変化していきます。

2000年代:R&B・ソウル系の本格化と「着うた」による表現の簡略化

  • 本格派R&Bの台頭
    宇多田ヒカルの登場(1998年末)を皮切りに、MISIA、平井堅、久保田利伸の再評価、EXILEなど、本場のアメリカンR&B/ソウルを踏襲したリアルなリズム感とボーカルスキルを持つ日本人アーティストがメインストリームを獲得。

  • 「着うた」カルチャーと単曲回帰
    携帯電話でサビだけを切り取って購入・聴く「着うた」が流行。これによりアルバム単位の鑑賞から再び「単曲・サビ重視」へと消費が変化し、情景を描写する歌詞よりも「会いたい」「好き」といった直感的なフレーズ(西野カナ等)が求められ始めた。

  • 代表例宇多田ヒカル『Automatic』/ 西野カナ『会いたくて 会いたくて』

90年台の後半から、日本でも和製R&Bのブームが徐々に盛り上がりをみせていて、ディーヴァと呼ばれるようなアーティストが多数排出されています。
UAや小柳ゆき、MISAなどで市場が盛り上がりつつあるところに、突如登場したのが宇多田ヒカルです。
これまでは「和製R&B」と言われるように、どこか「和」とうか邦楽の要素が含まれていたのが、突き抜けて“本場感”をまとったアーティストが颯爽と現れた衝撃は今も忘れられません。
とはいえ、まだまだ小娘な雰囲気も拭えていなかったので「あと10年もしたらすごいアーティストになりそうだな」なんて思っていたのも束の間、3曲目のシングル「ファーストラブ」を聴いて、完全に脱帽でした。

その反面、CDアルバムではなく「着うた」としてダウンロードという概念が生まれたのもこの頃。
若者の未熟な感性に寄り添った、直情的な歌詞が支持され始めた時代です。
西野カナの「会いたくて 会いたくて ふるえる」という歌詞は、後々ネタとして語り継がれるわけですが、めちゃくちゃヒットしたのは間違いありません。

 2010年代:社会的動揺・スマホ浸透と「活字離れ・国語力の変化」

  • 社会的事象の影響
    東日本大震災(2011年)をはじめとする社会的な動揺の中で、音楽には「つながり」や「安心感」、あるいは現実逃避としてのエンタメ性が強く求められた。AKB48などに代表される「接触型・体験型」アイドルカルチャーがチャートを独占。

  • メディア環境の変化と活字離れ
    スマホの爆発的普及により、若者の主な娯楽が「長文の読書(雑誌・小説)」から「スマホでの動画視聴」へ移行。テキスト表現に触れる機会が減ったことで、「比喩を解釈する」「行間を読む」という国語的プロセスを迂回し、一読で理解できる平易な言葉が求められる地盤が形成された。

  • ボカロ文化の台頭
    ニコニコ動画等のボカロ文化(米津玄師/ハチなど)から、情報量が多くテンポの速い独自の作詞・作曲センスがメインストリームへ流入。

  • 代表例
    AKB48『恋するフォーチュンクッキー』/ 米津玄師『Lemon』

個人的には、商業作家に厳しい時代が到来したイメージを持ち始めたのがこの頃でしょうか。
ネットの普及とDTMソフトの高性能化によって、素人でも自作の曲を発表できる環境が整ったからです。
これまでは、デモテープをレコード会社に送ったり、地道にライブ活動を続けたり、コンテストに参加するなどで、レコード会社の興味を惹けなければ、レコードやらCDやらを発売することはできませんでした。
そしてレコードないしCDになっていなければ、一般の人に聴いてもらう機会は得られなかった。
それが、一気にレコード会社を飛び越して、一般の人に聴いてもらえる環境になったということ。
もちろん、聴く価値もないような駄作がほとんどなのですが、ごく一部。異常にクオリティの高い作品を発信する人が登場します。
特に、ボーカロイドという人口音声をつかったツールで、音源を発表する人を「ボカロP」と呼び、数々のヒット作が生み出されました。
米津玄師は、「ハチ」という名義で活動していた、ボカロP出身アーティストですし。

2020年代〜現在:パンデミック・TikTok時代と「直接表現」の極致

  • 社会的事象とTikTok時代
    コロナ禍によるステイホーム期とTikTokなどの縦型ショート動画の爆発が重なり、音楽の消費速度が極限まで加速。楽曲の「冒頭数秒(タイムパフォーマンス)」で惹きつける構造が不可欠となった。

  • 「直接表現」への完全シフト
    動画の背景音として消費される環境下では、遠回りな比喩や行間を読ませる表現はリスナーにスルーされてしまう。「今、自分がどういう感情なのか」「何に怒り、悲しんでいるのか」を、テロップのように一瞬で理解・共感できるストレートかつ強烈な直接表現(YOASOBI、Adoなど)が時代のアイコンとなっている。

  • 代表例
    YOASOBI『夜に駆ける』/ Ado『うっせぇわ』

ここは、すでにみなさんもご存知の時代なので、多くは語りません。
ただ言えることは
① ドパガキが発生する背景は理解できる。
② 世界的にヒットするにはアニメタイアップが大切
ということでしょうか。

とにかく、音楽的には音数が多くなっています。
歌詞もそう。一つの音符に2文字載っている曲も少なくありません。
メロディラインも、高音厨が支持されていますよね。
今現在、そこを極端に攻めたのがMrs. GREEN APPLEだと思います。
もう、全部を高いレベルで実践しているバンド、というか大森くん。
好き嫌いは別れるようですが、凄いという面では、物凄い。

ネットの普及がもっと早かったら、もっと世界に羽ばたけたアーティストってたくさんいるんだろうなぁって感じさせられるのが、今の時代ですかね。


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