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おぼろ

「おぼろ」を手にして、まもなく一週間が過ぎようとしている。毎日、一曲一曲を自分の中に浸透させるように聴いて、音を聴いていない時でも頭の中では日替わりで曲が流れている。今わたしは、ずっと「おぼろ」の世界の中にいる。

はじめてCDを手にした日。ちょうど休日の午後だった。小走りでポストへ急ぐ。ドキドキとワクワクと緊張でポストの暗証番号を思い出せない自分に笑った。

丁寧に包装されたアルバムを開くと満開の桜の中に立つてっちゃんがいた。まるで「ようこそ」と言わんばかりに。その写真の下には、それぞれのクレジットが書き連ねてあり、【Recorded at : 実家】には思わず笑みがこぼれた。

歌詞カードは一曲ずつポストカード仕様になっていて、それぞれの曲に本人が撮影した写真が添えられている。印刷の真新しい香りを漂わせたポストカードを手に、最初はあえて写真は見ずに歌詞に集中した。

11枚のポストカード(歌詞カード)

日本語というのは本当に面白い言語だなとつくづく思う。言葉一つでも、ひらがな、カタカナ、漢字、それぞれで印象が若干かわるときがあるし、漢字は同じような意味のものが複数存在したりする。「表現」の幅はかなり広がるだろう。

「春が咲いたら」の一節にこんな歌詞がある。

花びら背中に ひらり落ちたけれど
君は気づかないまま 陽だまりに睡る

春が咲いたら

一般的に「ねむる」は「眠る」を使う。きっと意味を持っての「睡る」だろうと思い、すぐに調べた。「睡る」は「まぶたが下がってきて、うとうとと眠りにつくこと」「横になって本格的に寝るというより、座ったまま居眠りをしたり、まどろんだりする様子を表す際に使われる」、だそうだ。

泣いた。ライブなどで、もう何度も聴いたことがある一曲だが、その意味を知って今まで以上に情景がリアルに浮かんで涙が出た。

「ハミングバード」に出てくる【ブリキの如雨露】も漢字で表すことによって「雨」や「露」という字から、そのあとに続く「何度も虹を作って」の情景がよりリアルに浮かぶ。

「カントリーカントリー」なんかは衝撃だった。noteのメンバーシップの中でも、この曲のはじまりのような記事を書いてくれていたけど、全く気付かなかった。(あえて、何が?は書かないので、是非とも その目でその耳で確かめてほしいと思う。)

本人の意図とは違うかもしれないが、個人的には日本語のおもしろさ素晴らしさを感じとれるアルバムだなと思った。ぜひ最初は歌詞を追いながら聴いてほしい。

11曲50分の世界。
ときに優しくて、ときに鋭くて、やわらかくて、まぶしくて、掴めない。わたしはその中に1mmも存在しないはずなのに、それぞれの物語が自分のことのように、とてもとても愛おしい。そして、この愛おしさを、わたしなりに大切にしたいと思う。

そして何より、そんな曲たちに生命を吹き込むように歌いあげるてっちゃんのすごさ。この曲とこの曲は本当に同じ人が唄ってる??ってくらい変化球キマリまくりの11曲。さすがです。

どの部屋から覗いても大丈夫。
各楽曲に曲順の番号がふられてないのは、きっとそういうこと、、(いや違うかな笑)。

それぞれのレンズを通して、このアルバムを感じてほしい。それは「おぼろ」であり、「朧」であり、「oboro」であると思うから。

素敵なアルバムをありがとう。

手から手へ。文明が進んだ時代だからこそ、手に残るものの大切さ愛おしさを感じる一枚。ポストカード、手にとってみてほしい。

まずは楽曲聴いてみたいって人は配信もあり〼

【追記】
最後に、「まさにこれだな」と思った、わたしが師と仰ぐ長田弘先生の一節を。

ある瞬間の光景が、そこだけ切りぬかれたかのように、ずっと後になってから、人生の特別な一瞬として、ありありとした記憶となってもどってくる。特別なものは何もない、だからこそ、特別なのだという逆説に、わたしたちの日々のかたちはささえられていると思う。

長田弘「人生の特別な一瞬」

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