【神曲シリーズ#9】記憶と記録を書き換えた過去|『悪魔城ドラキュラ』のBGMが呼び覚ます「消えない意志」
『人生を書き換えることができる』
こんなことを言われたら、
あなたはどうするだろうか?
全く違う人生を自分で選び、やり直す。
しかし、現実の人生においてそれは不可能だ。
今まで生きてきた証そのものが、
体に、記憶に、言葉に、そして表情に、
長い年月をかけて刻み込まれているからだ。
しかし、
コンピューターの世界はそれを可能にした。
過去の記録を一瞬で消し去り、
新しいものへと生まれ変わる。
例えば、私たちが今、
存在しているこのプラットフォームですら、
それを可能にしている。
今の状況をやり直したいと思えば、
新しくアカウントを作り直すだけで、
全く別人のクリエイターとして
生きていくことができる。
それはネット社会のゲーム内でも同様だ。
相手が見えない故の怖さ。
いや、不気味さがそこに存在している。
◾記録の『書き替え』の誕生
今から40年以上前。
『ファミリーコンピュータ』というゲーム機が
発売された。
ゲームセンターでしかできなかった
アーケードゲームが、
同じクオリティで家でも遊べる。
それは、「記録の移し替え」の始まりだった。
しかし、ゲーム界の進化は止まらない。
本体の発売から
約2年半後に登場した「ディスクシステム」では、
記録の移し替えから、
ついに「記録の書き換え」ができるようになった。
今遊んでいるゲームに飽きたら、
500円で別のゲームに書き換えられる。
当時の子どもたちにとって、
それはまさに夢のようなシステムだった。
そして、
その「500円」という手軽さによって、
歴史的な傑作が誕生した。
◾悪魔城ドラキュラ
この傑作は、たったの500円でプレイできる。
小学生だった私も、その恩恵を受けた一人だ。
地元のおもちゃ屋さんに
「ディスクライター」という
四角い機械が置かれたときの、あの喜び。
店先に足繁く通い、
機械を眺めているだけで幸せだった。
店員さんにディスクを預け、
書き換えを頼んだときのあのワクワクは、
今でも忘れられない。
その時に手に入れたゲームこそが、
『悪魔城ドラキュラ』だった。
◾伝説のBGM
さて、このゲームはBGMが秀逸だ。
第1ステージ 『Vampire Killer 』 0:00〜
第3ステージ 『Wicked Child』 2:11〜
第5ステージ 『Heart of Fire』 4:40〜
第6ステージ 『Out of Time』 5:40〜
これこそが、私の愛する黄金のセットリスト。
『悪魔城ドラキュラ』という
ホラー要素を感じさせるタイトルにも関わらず、
これら4曲には、
迫りくる「不気味さ」よりも、
立ち向かっていく「力強さ」がみなぎっている。
ここに、
当時のコナミのサウンドチームの
こだわりが垣間見える。
「宿命」に立ち向かう一族の誇り
主人公シモン・ベルモンドは、
恐怖に怯える被害者ではない。
一族の宿命を背負い、
自ら城に乗り込む「ハンター」だ。
BGMが力強いのは、彼が持つ
「覚悟」や「勇猛さ」を表現しているからだ。
アクションゲームとしてのテンポ感
もし音楽がただ不気味で静かなものだったら、
ゲームのテンポは死んでしまう。
力強く、アップテンポな旋律があるからこそ、
プレイヤーは「鞭を振るい、前へ進む勇気」を
維持し続けることができた。
「ロック」というジャンルの選択
これらの名曲は、
「ロック」に近いエネルギーを持っている。
特に『Heart of Fire』や『Vampire Killer』の
前進し続けるようなドライブ感は、
まさに戦う者の鼓動そのものだ。
「不気味な背景」の中に響く「力強い意志」。
このコントラストこそが、
開発陣の目指した『悪魔城ドラキュラ』の
音楽に他ならない。
◾力強い意思を持って
小学生だった私は「書き換え」によって、
この高音質で秀逸なBGMと出会うことができた。
新しい進化を体験した私は、
より貪欲にさらなる感動を求めるようになった。
もっと凄いものを。もっと刺激的なものを。
しかし、
それと引き換えに、私は「忘れて」いった。
書き換えられる前に、
そのディスクに入っていたゲームが
何だったのかを。
古いものは、新しいものにアップデートされ、
その存在を忘れ去られていく。
今、昭和レトロのリバイバルによって
再び光が当たり、その価値が見直されている。
しかし、忘れてはならない。
光を浴びていない
「書き換えられて消えたもの」も、
たくさんあるということを。
私が自分の手で消し去ってしまったゲームも、
その一つだ。
そのディスクには、かつて名前があった。
大切に遊んでいた時間があった。
それを500円というコイン1枚で、
無価値にしてしまった。
あの頃の私は、
便利さ、手軽さ、安さに目をくらませ、
ただ貪欲に新しいものを手に入れようとしてきた。
それはゲームに限ったことではなく、
人生の様々な局面において、そうだった。
私を支えてくれたはずの思い出たちを、
私は自ら上書きし、捨て去ってきた。
本当に不気味なものは、
ネットの向こうの誰かではない。
私の心の中に存在していた。
「捨てる」こと。そして「忘れる」こと。
その行為以上に恐ろしいのは、
それに対して、何も感じていなかった自分自身だ。
もう、私は同じ過ちは繰り返さない。
私にとって価値のあるもの。
自分自身の手で光を当てれば、
それはいつまでも輝き続ける。
たとえ他の誰が認めなくても。
他の誰にも必要とされなくても。
私はもう、絶対に手放さない。
『悪魔城ドラキュラ』のBGMが教えてくれた、
あの力強い意志を持って、
積み重ねた思い出と共に生きていく。
