【第4回】役職定年に負けない~肩書が外れた後に問われる「大人の働き方」
「役職定年で、これまでの肩書が外れた」
50代後半あるいは60歳になると、こうした現実に直面する方がいます。
それまで管理職として部下を持ち、会議で発言し、判断を求められてきた。 ところが、ある時期を境に、その立場が変わる。給与が下がる。
責任の範囲が変わる。 会議での発言機会が減る。
かつての部下が、自分の上司になる。
自分が決めていたことを、今度は誰かに確認する側に回る。
頭ではわかっていたはずです。 制度としてそうなることも知っていた。
会社の中で、先輩たちが同じ道を通ってきたことも見てきた。
いつか自分にも来ることだと理解していた。 それでも、いざ自分の番になると、心は静かに揺れます。
「自分は、もう必要とされていないのだろうか」 「これまで背負ってきた責任は、何だったのだろうか」 「これから職場で、どの位置に立てばよいのだろうか」
これは、決して小さな戸惑いではありません。
役職定年の難しさは、単に肩書が外れることではありません。
権限を使って仕事を動かしてきた人が、権限以外の方法でどう職場に関わるかを問われることにあります。
ここに、人生後半の働き方の大きな分岐点があります。
役職が外れた後に残るもの
役職には、力があります。
部長だから話を聞いてもらえる。
課長だから会議に呼ばれる。
係長だから部下に指示できる。
これは、個人の力であると同時に、組織が与えた力です。
だからこそ、役職が外れると、自分の力まで失ったように感じることが
あります。 しかし、本当にすべてを失ったのでしょうか。
そうではありません。
役職が外れた後に残るものがあります。
長年の現場感覚。 人を見る目。 仕事が詰まりやすい場所を察知する感覚。 上司の言葉と現場の受け止め方のズレに気づく力。 若手がどこで不安になるかを想像できる力。 過去の失敗から、同じ轍を踏まないための勘所。
これらは、辞令一枚で消えるものではありませんが、
その使い方は変わります。 役職があるときは、権限で動かす場面が
ありました。 役職が外れた後は、権限ではなく、信頼で支える必要が
あります。 ここを切り替えられるかどうかが、役職定年後の働き方を大きく左右します。
「前に出る力」から「場を整える力」へ
管理職時代は、前に出る場面が多かったはずです。
方針を示す。 部下に指示する。 会議で決める。 それは必要な役割でした。
しかし、役職が外れた後も同じように前に出続けると、周囲との間に微妙なズレが生まれることがあります。
自分より若い上司が判断しようとしているのに、先回りして結論を言ってしまう。
会議で後輩が発言しようとしているのに、自分の経験談を長く話してしまう。
新しいやり方を試そうとしている職場に、「昔はこうだった」と水を差してしまう。
本人に悪気はないと思いますし、むしろ、職場のためを思っている。
自分の経験が役に立つと思っている。 間違った方向に進まないように
助けたいと思っている。 しかし、伝え方を誤ると、その経験は支援では
なく、圧力として受け止められることがあります。
役職定年後に求められるのは、前に出る力ではなく、場を整える力です。
今の上司が判断しやすいように、過去の経緯を必要な範囲で伝える。
若手が失敗しそうなとき、すぐに奪い取るのではなく、戻れる余地を残して見守る。 会議が感情的になりそうなとき、論点を静かに整理する。 誰かが孤立しそうなとき、さりげなく声をかける。
これらは、決して目立つ仕事ではありませんが、職場にとっては非常に
重要です。
後輩である上司との関係をどうつくるか
役職定年後に、多くの人が戸惑うのが、自分より後輩である上司との関係
です。
かつての部下が上司になる。 自分なら別の判断をすると思う場面で、相手の判断を尊重しなければならない。
これは、簡単なことではありません。
心の中で、ざわつくものが生まれることもあるでしょう。
「そのやり方ではうまくいかないのではないか」
「自分なら、もっと早く気づいた」
「なぜ自分に相談しないのか」
そう感じることもあると思います。
しかし、こうしたとき、関わり方を変えてみませんか。
後輩である上司に対して、上から助言するのではなく、横から支える。
「それは違う」と否定するのではなく、「過去に似た事例があったので、
必要なら共有します」と伝える。
自分の経験を押しつけるのではなく、相手が判断材料として使える形で
差し出す。
この姿勢があると、後輩である上司にとっても安心感があります。
役職が外れたベテランが一番扱いにくくなるのは、過去の上下関係を
引きずったまま、新しい関係を受け入れられないときです。
逆に、自分の経験を持ちながらも、今の責任者を尊重できる人は、
職場にとって大きな支えになります。
「教える」より「問いを置く」
ベテランになると、どうしても教えたくなりますし、それは自然なこと
です。 長く仕事をしていれば、知っていることがあります。
失敗もしてきた。 遠回りもしてきた。 だから、若い人には同じ苦労をしてほしくない。 その思い自体は、とても大切です。
ただ、教え方には注意が必要です。
「こうしなさい」
「それは違う」
「昔からこうやっている」
「自分の経験ではこうだ」
この言い方が続くと、相手は受け取りにくくなります。
特に若手や中堅は、自分で考えたい時期でもあります。失敗しながら学ぶ
こともあります。 自分の判断を尊重されることで、責任感が育つことも
あります。
だからこそ、役職定年後のベテランに向いているのは、「教える」だけではなく、「問いを置く」関わり方です。
「この案件で、一番止まりそうなところはどこだと思う?」
「相手が気にしているのは、本当にそこだろうか?」
「先に相談しておいた方がよい人はいないかな?」
「この資料を読む人は、何を判断したいのだろう?」
こうした問いは、相手の思考を奪いません。
むしろ、考える力を引き出します。
役職定年後のベテランが果たせる役割は、相手が自分で考えられるように、視点を一つ増やしてあげることです。
「頼られる人」は、頼らせようとしない
役職定年後に、もう一度自分の存在価値を確かめたくなることがあります。 相談されたい。 頼られたい。 必要とされたい。 この気持ちは自然です。
しかし、頼られたい気持ちが強すぎると、かえって周囲は距離を置きます。
「何でも聞いてくれ」と言いながら、実際には自分のやり方を押しつける。 相談されたら、相手の話を聞く前に結論を出す。 若手が自分で考えようとしているのに、先に答えを言ってしまう。
これでは、相談しやすい人にはなりません。 本当に頼られる人は、
頼らせようとしません。 普段は静かに見ている。 相手が困っているとき
だけ、必要な分だけ関わる。話を聞いた後で、「私ならこう見るけれど、
最終判断はあなたでよいと思う」と伝える。
自分の経験を、相手の判断を奪うためではなく、判断材料を増やすために
使う。 この距離感がある人は、結果として相談されます。
前の記事でも書いたことですが、私は、新たに採用された公務員の研修で、再任用(再雇用)の職員が近くにいらしたら、その方にいろいろ相談することを勧めています。
そんな時、ぜひこのスタンスをもっていただけると、若い職員との間の信頼関係がスムーズにできていくことでしょう。
組織に残る選択を、自分で意味づける
50代以降のキャリアでは、独立や転職、副業が注目されがちです。
もちろん、それらも大切な選択肢です。 しかし、今の組織に残ることも、
立派な選択です。
問題は、残ることそのものではなく、「何となく残る」ことです。
辞めるのは不安だから。 他に行くところがないから。 周囲もそうしているから。
この感覚だけで残ると、働く時間が受け身になります。
一方で、同じ組織に残るとしても、自分の役割を自分で定め直すと、
見え方は変わります。 自分の後輩である今の上司が判断しやすいように
支える。 若手が孤立しないように見守る。 職場の過去の経緯を、必要なときに共有する。 自分の経験を、組織の安心感に変える。
これなら、組織に残ることは、消極的な選択ではなく、人生後半の役割を、自分で選び直すことになります。
私自身が考えてきたこと
私は、民間企業の役職定年を経験したわけではありません。
ただ、静岡県職員として働く中で、組織の中で年齢を重ねることの難しさは何度も見てきましたし、また、自分なりの経験もあります。
私が課長の時に、60歳を迎えて再任用となり、私の部下として異動されて
きた先輩がいらっしゃいました。
その先輩は、役職定年となり職位が下がっても、とても真摯に前向きに仕事に取り組んでくださる方でした。
あるとき、私の部下で、その先輩からすれば同僚の職員が
うまく対応できず、関係を悪くしてしまっていた県民に対して、先輩は、
その職員を帯同しながら、代わりに上手に対応してくれたおかげで、
その問題を解決してくれました。
その先輩の相手を思いやる力や交渉力を間近で見たことは、その職員に
とっても良い経験になったはずです。
そのときには、やはり、人は肩書だけで働いているわけではないということを感じました。
もちろん、肩書は大切です。
責任もありますし、誇りもありますから、それが外れたときの痛みを、軽く扱うべきではありません。
しかし、肩書だけが仕事の価値、人の価値ではないのです。
誰かが困ったときに、少し話を聞ける。
同僚や若い職員が不安になったときに、過去の経験から一言添えられる。
こうしたとき、肩書が外れたからこそ、相手が安心して話せることもあり
ます。
役職定年を迎える時は、自分が職場にどう関わり直すかを考える時なの
です。
今日の締めくくり
役職定年とは、給与が下がったり、肩書が外れたりと、つらい出来事に
なり得ますので、その変化に戸惑うのは自然なことです。
しかし、役職が外れたからといって、あなたの価値がなくなるわけでは
ありません。
そこから先で問われるのは、権限がなくても周囲を支えられる力です。
それは、簡単な役割ではありませんが、長く働いてきた人だからこそ
担える、大人の働き方です。
最後に、伺います。
あなたの部署で、若手や後輩が今、少し困っていそうなことは何ですか。
そして、あなたが前に出すぎず、そっと手助けできることはありませんか。 その小さな関わりの中に、肩書が外れた後の新しい居場所が見えてくるはずです。
今回の記事は以上です。
私のマガジンとして「人材定着の労務管理」を投稿しているので、
よろしければ、そちらもご覧ください。
