【エッセイ】終わらないスワイプの果てに:私がマッチングアプリに疲弊するまで⑦
握られた手のひらから伝わる確かな温もりは、
不安な心をゆっくりと解き放っていった。
あの日、海辺で交わした言葉は、
私たちにとっての静かな誓いだったのかもしれない。
それからというもの私たちの関係は、
より一層、穏やかで確かなものへと変化していった。
これまで以上に、
私たちは互いの日常に深く入り込むようになった。
仕事の愚痴を聞いてもらったり、
休日の予定を相談したり、
他愛のないことで笑い合ったり。
朝には「おはよう」、
夜には「おやすみ」、
のメッセージが当たり前になり、
日々のささやかな出来事を共有する時間が増えていった。
それは、まるでずっと前からそうであったかのような、自然な流れだった。
不安や猜疑心に苛まれていた過去の恋愛とは違い、彼女との関係には、疑う余地がなかった。
どんな時も、彼女は私の言葉に耳を傾け、
私の感情に寄り添ってくれた。
私のありのままを受け入れてくれる安心感は、
何物にも代えがたいものだった。
ありのままの自分でいられる喜びを、
私は毎日噛み締めていた。
ある晴れた週末、
私たちは二人で初めての旅行に出かけることになった。行き先は、新緑が美しいと評判の山間の温泉地。
電車に揺られながら見る景色は、
日ごとに深まる緑に彩られていた。
車窓から差し込む柔らかな日差しが、
私たちの頬を優しく撫でる。
隣に座る彼女の横顔を見つめながら、
この穏やかな時間が、
ずっと続けばいいと心から願った。
温泉宿に着くと、広々とした和室の窓から、
豊かな自然が目に飛び込んできた。
鳥の声が聞こえ、風が木々を揺らす音が心地よい。湯上がりに二人で浴衣を着て、
部屋でまったりと過ごす時間は、
これまでの日常とは違う、特別な時間だった。
温かいお茶を飲みながら、たわいもない話をする。すると、ふと彼女が、
少し照れたように話し始めた。
「ねぇ、一つだけ、聞いてもいいかな?」
私の心臓が、トクンと小さく跳ねた。
まただ。この「一つだけ」という言葉が、
いつも私の心を揺さぶる。
彼女の視線が、私の瞳に吸い込まれるように真っ直ぐに向けられた。
窓の外からは、夜の帳が降り始め、
虫の音が静かに響いていた。
その静寂の中で、彼女の次の言葉を、
私はただじっと待った。
どんな言葉が紡がれるのだろう。
そして、その言葉が、私たちの関係を、
また新しい場所へと連れて行ってくれるのだろうか。
