見出し画像

【エッセイ】終わらないスワイプの果てに:私がマッチングアプリに疲弊するまで③

スマートフォンを静かに置きアプリを閉じたあの日から、
私の日常は、まるで色を失ったモノクロの世界に変わった。
数ヶ月の静寂が過ぎ去り、心の奥底に染み付いた倦怠感が、
ようやく微かに薄れてきた頃、ふと日々の生活に寄り添うように存在していたSNSのタイムラインに目をやった。
そこは、かつて情報収集のためだけの、ただの無機質な空間だったはずだ。

しかし、確かに以前とは違っていた。
画面の向こうに流れる見慣れた文字や写真の羅列が、
まるで新しい意味を帯びて迫ってくるようだったのだ。
人々が紡ぐ言葉の奥に、以前は気づかなかった心のひだ、
飾らない「素」の息遣いが、はっきりと見え始めた。
ある人は、雨の日のカフェで感じる微細な幸福をやわらかな言葉で丁寧に綴り、またある人は、世の中の片隅で忘れ去られがちな声に静かに、そして深く耳を傾けていた。
そこにはマッチングアプリのプロフィール写真のような、
完璧に磨き上げられた「商品」としての顔は、どこにもなかった。
あるのは剥き出しの感情であり、揺れ動く思考であり、
何よりも「生身の人間」が確かにそこに存在しているという、
温かな手触りだった。

ある日のこと、
誰かが仕事でのちょっとした失敗談を、自嘲気味に呟いているのを見た。
その言葉に私はかつての自分自身の痛みを、まるで触れるように感じた。
そして、指が吸い寄せられるようにリプライ欄に言葉を打ち込んだ。
それは、計算でも戦略でも、ましてや下心などではない。
ただ純粋に、その投稿が心に触れ共感という名の微かな波紋が広がっただけだった。驚くことに、その心の震えから生まれた一言は、
凍りついた画面の向こう側に、確かに届いたのだった。

そして、その日を境に波紋が広がるように新しい会話が始まった。
それは、マッチングアプリのメッセージとは
全く異なる不思議な「呼吸」を持っていた。
相手の言葉の端々に神経を集中し、
その行間から感情の機微を読み取ろうと努めた。
返信も飾らない、ありのままの気持ちを乗せていた。
そこには、かつて自身を支配していた焦りも、義務感も、駆け引きも、
一切存在しない。ただ、心地よい言葉の往復が、
ゆっくりと、しかし確実に、心の距離を縮めていくのを感じた。
それは、まるで春の陽だまりの中で、
二つの心がそっと手を取り合うようなそんな穏やかな時間だった。

この新しいコミュニケーションに、自然と身を委ねるようになった。
もはやSNSは「異性に向けた広告塔」ではない。
「私」が、最も心穏やかに、自然体でいられる場所へと、ゆっくりと形を変えていった。多くを語らず、詩の一節のように個性の一端を仄めかしたりもした。言葉の一つ一つにはユーモアと、
ささやかな日常の隠しきれない愛が込めていた。

プロフィール写真も完璧な「証明写真」ような決まった写真から、
友人と旅行中に偶然撮られた、少しピントが甘いけれど心から笑っている一枚へと差し替えた。飾り立てない、ありのままの姿。
それこそが、画面の向こうの誰かの心に安堵をもたらし、
見えない壁を取り払うのだと、直感的に理解していた。

リプライはまさに「魔法の杖」だった。

面白い投稿を見つけたら、思わず笑みがこぼれたことを飾らない言葉で伝えた。この、計算も下心もない、純粋な「共感」のやり取りを続けるうちに、私のXは、まるで小さな秘密の庭園のように、温かい交流が芽吹く場所へと育っていった。リプライを交わす相手が、一人、また一人と増え、自然と「いいね」や「リポスト」という名の花々も増えていく。
私の言葉は、以前よりもずっと多くの人の心に、
深く、そして優しく届くようになったのだ。

そして、ある日。 いつものようにある女性とリプライで、何気ない会話を交わしていた。彼女は、私の投稿にいつも温かい言葉をくれる人で、その一つ一つが、私の心にスーッと染み入った。
彼女のタイムラインから伝わる繊細な感性や、
日々の暮らしの中に見出す小さな発見に、私は気づけば強く惹かれていた。それは、まるで静かに咲く花を見つけたような、
穏やかな、しかし確かな心の動きだった。

そんなある日、共通の趣味についてささやかな疑問をリプライで送ったのだ。すると、彼女から、思わぬ「返礼」が届いた。
それは、みんなが見ているタイムラインの賑わいを離れ、
私だけのDMにそっと、まるで秘密のささやきのように現れた。

そのメッセージは、まさに奇跡の始まりだった。
「〇〇さんの投稿、いつも楽しく拝見しています。もしよろしければ、あの話題について、もう少し詳しくお話してみませんか? 」

心臓が、大きく、大きく跳ねた。
彼女の方から、戸惑いがちな、しかし確かな一歩を踏み出してくれた。
マッチングアプリで味わった、常に私がリードし、
重いプレッシャーの中でデートの打診をしなければならなかったあの苦しさとは、全く違う。DMでの心の通い合いの中で、お互いの人間性を深く理解し、信頼という名の見えない糸が紡がれたからこそ、
自然と「会って話したい」という温かい気持ちが芽生えたのだと、
心からそう思えた。



いいなと思ったら応援しよう!