10年ぶりのプール開き
仕事を早々に切り上げて、自転車で15分くらいのところにある温水プールへ向かう。ゴミ処理過程の排熱を利用した温水プールは東京に多く、ゴミ処理場の大きな塔を目指して歩けば温水プールに当たるとロバートの秋山も言っていた。実際それは間違いない。今夜訪れたプールも次第に目に入ってくる巨大な鉄塔の真下にあった。

プールに行きたいとずっと思っていて、気持ちが昂るあまり先んじて水泳道具だけ買ったのは真冬のことであった。外に出るのが億劫な季節を超えてようやく行きやすくなった春、夏も「いつかいくぞ」と念ずるばかりで動かない。このままじゃまずい、一生行かない、そう思っていたところちょうど行くタイミングに恵まれたので、まだまだ終わりそうにない仕事を(明日の自分にお任せ!)と投げ打って素早くパソコンを閉じ、海パンとゴーグルとタオルをリュックに詰めてさーっと自転車に飛び乗った。
仕事終わりにプールに行くというのは何だかヘルシーで大人な気分だ。最後に行ったのはいつだろう、もはやそれすら思い出せないほど遠い記憶。一番色濃く覚えているプールの記憶は小学生の頃で、特に泳ぎが上手いわけではなかったけど水に浮かぶのがやけに楽しく、夏休みのプール開放日にも足繁く通っていた。とくに、色のついた重りを先生が投げ入れて、それを潜って拾い集める遊びがとにかく大好きだったのを覚えている。勢いよく潜って手をぐっと伸ばせば誰でも掴めるから、泳ぎが上手くなくても楽しめるなんとも素敵な遊び。たくさん集めた重りをプールサイドに置いてあった銀色のバケツに投げ入れて、また潜る。そして水面に浮かび上がるたび、鼻の奥の方がつん、となるのも夏らしくて嬉しかった。
今日やってきた市民プールは25メートルプールが3つの区画に分けられていて、右端が泳ぐも歩くも良しな自由レーン、真ん中が泳ぎ専用レーン、左端が今日は貸切で救助活動講習に使われているレーンだ。僕がプールに求めにきたのは泳力の向上ではなく心と体の健康維持のためなので、迷いなく右端のレーンに身体を落とす。湯船では感じられない滑らかでぞわりとする水の感触が腰からお腹に流れて肩を強張らせる。おお、これこれ、これがプールなんだよね、体が先にプールを思い出し、追いつくように心もプールのことを思い出す。
いち、に、と数えながら大股でプール中をゆっくり歩く。水の抵抗を受けながら前に歩くのはなかなかに難しく、そして何とも楽しい。あれ、プールってこんなに楽しかったっけ。ただ歩いているだけなのにお腹がむずむずするほど楽しくて、来たばっかりなのに(毎週来ようかな)と思い始めた。
たまに泳いだり、ジャグジー付きの温水に入って休憩したりして、最終的には10往復以上を果たした。水面から飛び出す体はびっくりするほど重く水を吸ったスポンジのような気分で、もっともっと泳げばもっと体も軽くなっていくのだろうか。
ものすごく健康な気分になったけれど、家でものすごい量のご飯を食べたので結局相殺された。

