「人間は誰でも芸術家である」の真意|『ボイス美術』展レポート|KUNST ARZT(京都・東山)
展覧会のタイトルにもなっている、ヨーゼフ・ボイス(1921-1986・ドイツ)は20世紀の芸術史において、とりわけ強い存在感を放つ作家のひとりです。
彼自身が提唱した「すべての人間は芸術家である」という言葉の本当の意味は、誰もが伝統的な絵画や彫刻をつくる才能があるという意味ではありません。
人間の本質は創造性にあり、日常生活の行動、思考、対話を通じて社会を形作る行為自体が「芸術」だという考えです。
彼の「社会彫刻」という概念では、社会全体を一つの彫刻作品と見なし、誰もがその創造に参加できる。つまり、子育て、仕事、政治などあらゆる活動が創造的な「芸術行為」となって、みんな自由に社会を変革する力を持っているんだ、という民主的で理想的とされるビジョンです。
なんか屁理屈みたいですが、スローガンとしてはなかなかパワーがありますよね。
🧐ボイスの問いを、現代の文脈で問い直す
公式サイトにもあるように、今回の展示はボイスを単なる歴史的記号として扱うのではなく、いまの社会情勢、戦争経験、教育、政治、環境という文脈にまで視野を広げながら、ボイスが提起した問いを 現在の視点で再考することを狙いとしています。
展示作品はジャンルや素材、表現スタイルが混ざり合っています。
例えばある作品は、素材感のある立体的な構成を、また別の作品は方法論として機械的な回転や動きを伴うものもあります。これらは決して「ボイス作品の模倣」ではなく、ボイスが問いかけたプロセスや関係性への呼応として機能しています。
ボイスが「社会を彫刻する」という発想を提示したように、本展の作家たちはそれぞれの方法で、“自分たちの社会観や身体感覚” を作品化していました。
それでは作品紹介のスタートです🎬

📍《ボク ノ ボイス -アシモト ノ セカイ-》

《ボク ノ ボイス -アシモト ノ セカイ-》2025
人形と石は繋がっていて、石が振り子のように動くと人形も揺れ出します。

📍《Gabe series ○ Gabe series △ Gabe series □》

《Gabe series ○ Gabe series △ Gabe series □》2025
作家はスマートフォンを粉砕し、灰色の輝きを見出しました。
便利なツールの裏には、人間の記憶や欲望が灰化している。一方で、泥団子や積み木に夢中になった小さい頃の純粋な気持ちが、今の自分を作っている。様々な感情は人間の美しさであり、自分の目で見て感じたものを信じて大切にしてほしい。作家はそう問いかけます。


《黒板・2025・京都》2025(右)と《「対話集会」の記録映像》2025(左)
📍《芋の皮を剥くことでさえ》

ボイスは「芋の皮を剥くことでさえ、意識的であれば芸術だ」と言いました。ならばハンドルの1回転も社会を彫刻するはずです。しかし作家が求めたのは、そうした意義や主張が入り込む前の、引き延ばされた一瞬。何の意味も持たないかもしれない瞬間です。
実はこれ、ハンドルを325回動かしても、ジャガイモは1ミリしか上昇しないそうです。これが「引き延ばされた一瞬」といったところでしょうか。
📍《ココナッツデモ/コカ・コーラ》

《ココナッツデモ/コカ・コーラ》2025

2021年のミャンマー軍事クーデターへの抵抗として、道端に置かれたココナッツ。作家はそこに人の姿を見出し、犠牲者数分のココナッツ写真を水に溶かす作品を発表しました。
今回はボイスの"Coca-Cola Tea"の構造を借り、ココナッツを割って出たウォーターをコカ・コーラ瓶に詰め、木箱に犠牲者の名を刻んだマルチプル作品(最初から複数制作されることを前提として作られた現代美術の作品)を制作。犠牲者と同数のエディション(現在7,522点)を展開し、本展では最初の12名分を展示しています。

作品は1点7,000円くらいで購入可能。鑑賞中に、ある方が作品を1点購入されていました。作品に込められた重いテーマをともに引き受けようとする姿勢に、深い敬意を感じました。売上は支援活動に充てられるとのこと。


🧠《ST#454 IDEA from 25W》

《ST#454 IDEA from 25W》2025
人間の脳はわずか25ワットほどの電力で稼働します。ボイスの「カプリ・バッテリー」の形式を借用し、脳模型に黄色電球を接続することで、その電力を可視化したもの。脳は常に電力を使用していると思いますが、マンガ表現における「閃く」瞬間を、リアルなオブジェとして提示しているそうです。ヘウレーカ!🧠💡
📍《Baa,Baa,Black Sheep/黒羊》

《Baa,Baa,Black Sheep/黒羊》2024-2025
ボイスの「Felt Suit」とアイスランドの羊たちから影響を受けた作品です。ボイスにとってフェルトは「保護」と「生命」の象徴でした。その暖かさは人の温かさに置き換えられ、社会の中で傷ついた心身を優しく包み込みます。作家自身、アイスランドを旅した際、寒さと疲労の中で出会った無邪気な羊たちに心を癒され、元気をもらった経験がこの作品に結びついています。


《群馬県朝鮮人強制連行追悼碑のためのドローイング》2024
影像作品と一緒に鑑賞します。当時、モニュメント撤去は大きな話題になっていましたが、自分は傍観者であったことを思い出しました…。
📍《ボイスはガザの夢を見るか?》

ボイスの「芸術=資本」という等式は、芸術を社会を形成する創造活動へと拡張し、資本を人間の直感と創造力として捉え直す試みでした。近代資本主義以前、資本とは穀物や羊毛、さらに遡れば自然の中で共に生き延びるための知恵や技術を指していました。しかし近代資本主義の行き着く先は、資源の奪い合いによる戦争社会です。一方、生死の境に生きるガザの人々は、創る悦びを心底大事にしていると言います。ボイスの思想は、このような現実の前でどのような意味を持つのでしょうか。
🤔作品が売れる場面に立ち会って
展示を見ている途中、実際に作品が購入されていく場面に出会いました。作品が鑑賞の対象から誰かの生活の一部へと移行していく瞬間。
感動する作品との出会いで、価格面でもその場で購入できる距離感は、もう一つの感動です。
どの作品を選ぶか。
どの価値に関わるか。
その行為自体もまた、社会彫刻の一部なのだと感じさせられます。
そして帰り際、次回開催の予告として3枚セットになって袋に入ったフライヤーをギャラリーの方が手渡ししてくれました。
普通ならテーブルやラックに置かれただけのフライヤーですが、ほんのひと手間が「いただき物」感を生み出してくれています。効率ばかりが求められる世の中で、この数秒のやり取りは、しばらく私の心に刻まれるのでした。また来ます!
※本展覧会は2025年12月24日(水)で終了しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
