辞める若手を責めないために──市役所の“構造”を問い直す。
導入
人事異動の一覧をパソコンで開いていて、ふと目が止まる。
見慣れた名前の横に「退職」と書かれている。
――あ、辞めるんだな。
最近、そう思うことが増えた。
以前は、「最近ちょっと悩んでるみたい」と同僚が話してくれたり、
「少し相談があるんです」と声をかけられたりしていた。
辞める前の“迷い”に気づける時間が、確かにあった。
けれど今は、退職の文字で初めて知る。
誰かの決断が、異動一覧の一行として静かに流れていく。
離職率は高くない。
でも、確実に“職場の温度”は変わっている。
声が届かず、迷いが共有されず、希望が息を潜めていく。
辞める若手を責める前に、
なぜ辞める前の声が届かなくなっているのか。
その“構造”を見つめ直す必要がある。
第1章 なぜ若手は市役所に入るのか
市役所に入る若手の多くは、安定だけを求めているわけではない。
「人の役に立ちたい」「地域を良くしたい」――そう思って入ってくる。
面接で「地域貢献をしたい」と語る言葉は、決してテンプレートではない。
SNSで見た“挑戦する自治体職員”の姿や、
大学時代に参加した地域活動。
その経験が、“変化をつくる側”に回りたいという動機につながっている。
だが、配属されて最初にぶつかるのは、
理想をどう扱えばいいのか分からない職場の空気だ。
書類、決裁、電話、照会。
“守ること”を中心に回る日常。
「前例はあるか」「根拠は?」と問われるたびに、
少しずつ、“変えたい気持ち”の居場所がなくなっていく。
若手はやる気がないのではない。
“やる気の使い道”を見つけられないのだ。
第2章 何がなくて辞めていくのか
若手が辞める理由を尋ねると、
「忙しい」「評価されない」「給料が低い」といった言葉が返ってくる。
けれど、その奥には共通する感覚がある。
それは、**「自分が意味を持てていない」**という感覚だ。
意見を出しても、通らない。
改善案を提案しても、仕組みに吸収されてしまう。
そして――
提案は受け止められても、どの部署の仕事にもならず、
制度や手続きの隙間に落ちていく。
結果、良かれと思って出した意見が、
“誰の仕事にもならないまま”時間だけが過ぎていく。
以前は、悩みを話す余白があった。
けれど今は、誰もが忙しく、
「迷っている時間」が人目につかないまま過ぎていく。
若手が求めているのは、自由ではなく、試せる余白だ。
完璧でなくても、「やってみていいよ」と言える関係。
その一言があるだけで、人は続けられる。
第3章 逆選抜の構造──高得点ほど辞めていく
採用試験の上位で入った職員ほど、
数年で辞めていくことがある。
真面目で、丁寧で、責任感がある人ほど。
これは個人の問題ではなく、制度設計の副作用だ。
試験は「正しい答えを速く出す力」を測る仕組みだ。
だが、現場で必要なのは、「正解がない中で考え続ける力」。
採用は“正解を出す人”を選び、現場は“問い続ける人”を求めている。
また、優秀な人ほど、現場の矛盾に敏感だ。
「なぜこの仕組みは二重になっているのか」
「どうして改善できないのか」
その疑問を放っておけない。
だが、構造はすぐには変わらない。
やがて、「考えるほど報われない構造」に疲れてしまう。
それが、“逆選抜”を生み出す根だ。
第4章 両輪で変わる採用構造──自治体と受験者の共創へ
採用を変えるには、自治体だけでなく受験者側の意識も必要だ。
どちらか一方が変わっても、ミスマッチは続く。
自治体が変わる
“正解を出す人”ではなく、“問いを立てられる人”を選ぶ。
面接で「迷った経験」を聞く
他者との対話や意見の修正力を評価する
インターンやワークで“姿勢”を観察する
知識の正確さより、曖昧さに向き合える柔軟さを評価すること。
受験者が変わる
“入ること”がゴールではなく、“育つこと”がスタート。
公務員の仕事のリアルを知り、
「変化を起こす側になる覚悟」を持って臨むこと。
採用を「入口」ではなく「関係」として再設計する
採用とは、人を囲い込むことではない。
外で学び、また戻ってこれる流れをつくることだ。
辞めてもつながりが切れない構造。
それが“共創する採用”の姿だ。
第5章 合意形成の構造──“正しいこと”が通らない理由
正しい提案ほど、通らない。
それは、理屈が弱いからではなく、安心がないからだ。
行政の仕組みは“多様な理解を経る”ことで透明性を保つ。
だがその構造は同時に、“変化のスピードを奪う仕組み”でもある。
会議では「了解しました」と言いながら、
誰も納得していないまま進む。
反対もないが、賛成もない。
“沈黙の了解”が変化を止めている。
だから必要なのは、理論の説得ではなく、安心の設計。
失敗しても大丈夫と思える段取り。
「一緒にやってみよう」と言える関係。
合意形成とは、“根回し”ではなく、関係のデザインなのだ。
第6章 公務員はハブであれ──流れをつくる行政へ
若手が辞めるのは、個人の問題ではない。
採用や組織文化、合意形成の仕組み――そのどれもが少しずつ重なり、
人が息苦しさを感じる構造を生み出している。
けれど、私は思う。
人が辞めること自体を“失敗”と見る必要はない。
むしろ、市役所で得た経験や視点が、
別の場所で生かされるなら、それは社会にとってプラスだ。
公務員がすべきことは、
有能な人を囲い込むことではない。
どこに行っても活躍できるように、再現性ある仕組みを残すこと。
■ 市役所は「滞る場所」ではなく、「流れを生み出す場所」
行政はよく、「人が入ってこない」「辞めていく」と嘆かれる。
でも、本来、市役所は人を留めておく場所ではないと思う。
市民、事業者、地域団体、民間企業――
多様な人たちが交わり、課題や知恵が行き交う“中継点”であればいい。
市役所は社会の真ん中ではなく、社会の流れを支えるハブであるべきだ。
たとえば、若手が外で新しい経験を積み、
数年後にまた地域の別の立場で関わってくれる。
そんな「行き来のある関係性」こそが、
本当の意味での“持続可能な自治”につながる。
■ 「属人の仕事」から「構造の仕事」へ
市役所の仕事は人によって支えられている。
でも、属人的な仕事は、人がいなくなれば途切れてしまう。
だから大事なのは、
誰がやっても価値が生まれる“構造”として残すこと。
それは、マニュアル化や効率化とは違う。
むしろ「考え方」や「判断の根拠」を共有し、
次の人が迷わず続けられるようにすることだ。
そうやって仕事を“再現性のある仕組み”に変えていけば、
人が入れ替わっても、希望が循環する職場になる。
■ 「辞める」ことを恐れず、「戻れる」関係をつくる
辞めることは、終わりではなく、循環の一部だ。
市役所で学んだことを、外で活かす人がいる。
その人がまた地域に関わり、行政と協働する日が来るかもしれない。
そう考えると、退職や異動の瞬間も、
**“つながりが形を変えるだけ”**のことなのかもしれない。
行政が「ハブ」として機能すれば、
“出ていく人”も、“残る人”も、“戻ってくる人”も、
みんなで地域を支える流れの一部になれる。
結び
若手が辞めていく構造を見つめ直すことは、
“問題探し”ではなく、“希望探し”だと思う。
希望とは、誰かが残ることではなく、
誰かが引き継げること。
人が辞めても、構造が続く。
構造が続けば、希望は途切れない。
それが、これからの地方公務員に必要な仕組みだと思う。
あとがき
人事異動を見るたびにどきどきするようになりました。早期退職した人がいたとしても町であったときに気軽に話せる関係でいたいなーと思います。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!!質問と一緒に入れてもらえるとなお励みになります