常識って、誰のものなんだろう。
「常識って、誰のものなんだろう。」
ニュージーランドに来てから、
何度もそんなことを考えるようになった。
そのきっかけの1人が、
農場で出会った日本人のお兄さんだった。
年上なのにどこか少年みたいで、
自由で、適当で、でも妙に哲学的。
植物や自然に異常なほど詳しくて、
気づけばいつも世界中のバックパッカー達の中心にいた。
仕事終わり。
みんなで火を囲み、
音楽を流して、
酒を飲み、
笑って。
そこには、日本で生きていた頃の自分にはなかった空気が流れていた。
正直に言えば、最初はかなり“非常識”に見えた。
でも、だからこそ面白かった。
日本で生きていたら、絶対に交わらなかった世界。
ここでは、それが当たり前みたいに存在していた。
そして不思議なことに、
その輪の中にいる人たちは、
みんな楽しそうだった。
心のままに生きているように見えた。
そんなある日。
「キノコ狩り行こうぜ。」
彼がそう言って、車を走らせた。
向かった先は、深い森だった。
そこには、
赤くて奇妙なキノコがいくつも生えていた。
まるで絵本の世界みたいな見た目。
綺麗で、可愛くて、でもどこか毒々しい。
自然界が作り出したとは思えないほど、
不思議な存在だった。

家に帰った僕たちは、それを料理した。
炊き込みご飯。
バター醤油炒め。
見た目とは裏腹に、驚くほど美味しかった。
今まで食べたどんなキノコよりも、
旨味が強かった。
「なんだこれ、うますぎるだろ。」
笑いながら食べた。
それからしばらくして。
世界が、少しずつズレ始めた。
最初は強烈な眠気だった。
気づけば、自分は深い眠りに落ちていた。
でも、不思議だった。
眠っている“自分”を、どこか別の場所から見ている感覚があった。
上から俯瞰しているような。
夢と現実の境界線が、曖昧になっていく。
そこは、言葉では説明できない世界だった。
現実なのか。
夢なのか。
想像なのか。
よく分からない。
でも、その時の自分は妙に冷静だった。
「あれ、ここって、想像したことがそのまま起きてる?」
そう思った瞬間。
自分は空を飛んでいた。
風を切る感覚。
浮遊感。
身体が消えていくような、不思議な感覚。
「今、空飛んでますよ!!」
自分でも笑ってしまうくらい興奮していた。
でも同時に、どこか客観的な自分もいた。
冷静なのに、興奮している。
夢なのに、リアル。
そんな矛盾した感覚が、ずっと続いていた。
そして気づけば、朝になっていた。
まるで長い夢から戻ってきたみたいだった。
もちろん、その体験が“良い”とか、“真似すべき”とか、そういう話ではない。
ただ、自分にとっては、
「自分が信じていた常識の外側にも、世界は存在している。」
そう実感した出来事だった。
人は、自分が見てきた世界の中でしか、
“普通”を作れない。
でも旅をしていると、
その“普通”が、何度も壊される。
そしてそのたびに、
自分の世界は少しずつ広がっていく。
あの夜、自分が本当に見ていたものが何だったのかは、今でも分からない。
でもきっと。
あの経験を通して僕は、
“違う世界を否定しない感覚”を学んだんだと思う。
