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人生の輪郭が、見えてきた気がする。



新しい会社に入職して、2週間が経った。

まだたった2週間なのに、
不思議なくらい自分の内側が満たされている。

それは、
新しい環境に飛び込んだ高揚感だけじゃない。

もっと深いところで、
今までバラバラに存在していた
自分の経験や感覚が、
一本の線として繋がり始めている感覚がある。

理学療法士として働いていた頃、
自分が本当に大事にしていたものは
何だったんだろうと考える。

もちろん、痛みを改善すること。
身体を良くすること。
動けるようになること。

それも大切だった。

でも、自分が本当に向き合いたかったのは、
その人の“人生”だった。

その人がどんな想いで日々を生きているのか。
何を大切にしているのか。
何に苦しみ、
何に喜びを感じるのか。

ただ身体を診るだけじゃなく、
その人の人生に伴走できる存在でありたかった。

身体は、その人の生き方そのものだから。

だからこそ、
身体が整っていくことで、
表情が変わり、
言葉が変わり、
人生への向き合い方まで変わっていく瞬間に、
何より心を動かされていた。

でも当時の自分は、
その感覚をうまく言語化できなかった。

ただ感覚的に、
「人が整うって、美しいな」
と思っていた。

ニュージーランドでの生活は、
そんな自分自身を深く観察する時間だった。

自然の中で暮らし、
走り、
働き、
人と語り、
シンプルに生きる。

そこで気づいた。

自分は、“整っている状態”
そのものに幸福を感じる人間なんだと。

何を食べるか。
どう身体を動かすか。
どれだけ眠るか。

そういう日常の積み重ねが、
身体を作り、心を作り、
人生の感じ方を変えていく。

食事ひとつとってもそうだ。

ただ空腹を満たすためじゃない。

何を身体に入れるのかを丁寧に選ぶことで、
身体の感覚が変わる。

内側が整う。

すると、
意識の向く先まで変わっていく。

空の色の移り変わりに気づく。

山に映える緑の濃さに心を奪われる。

風が肌を通り抜ける感覚。

木々の揺れる音。

鳥の囀り。

食べ物を口にした瞬間の美味しさ。

今まで見えていなかった世界が、
少しずつ鮮明になっていく。

五感が研ぎ澄まされ、
“生きている”という感覚そのものが深くなる。

自分にとってウェルビーイングとは、
特別な成功や贅沢のことじゃなかった。

日常を、
どれだけ深く感じられるかだった。

そして今、
その感覚に“ピラティス”が加わろうとしている。

呼吸を感じること。

背骨を感じること。

重力の中で、
自分の身体と対話すること。

内側へ意識を向けること。

それは単なる運動じゃない。

自分自身との対話だと思っている。

新しい今の環境には、
それを本気で追求している人たちがいる。

身体だけじゃなく、
生き方そのものを
整えようとしている人たちがいる。

だからこんなにも居心地がいいんだと思う。

ここでは、
自分の在り方を学べる。

学びながら、
体現できる。

体現しながら、
誰かへ届けられる。

そんな循環がある。

今まで感覚で大切にしてきたものに、
哲学と言葉が与えられていく感覚。

「ああ、自分はこの道を歩きたかったんだ」

そう思える瞬間が、
最近何度もある。

そして今、
心から楽しみなのは、
これから
自分がどんな人間になっていくのかということ。

もっと整って、
もっと感覚が澄んで、
もっと愛を持てる人間になれた時。

自分は、
周りの大切な人たちに、
どんな影響を与えられるんだろう。

誰かの人生に、
どんな灯りを与えられるんだろう。

そんな未来を想像すると、
たまらなくワクワクする。

人生の輪郭が、
少しずつ見えてきた気がしている。

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