22歳でようやく気づいた「今のうちに本を読め」の理由
「今のうちに本をたくさん読んでおいた方が良い」
その理由が僕にはずっと分からなかった。だから、20歳になるくらいまでほとんど本を読まなかった。
22歳になってようやく自分の言葉で説明ができるようになった。
「本は読んだ方が良い。本は究極の『探索』の手段だからだ」
最近話題のAIは「深化」と「探索」という2つのプロセスを使って学んでいく(機械学習)。深化とは、少しずつ改善して良くなっていくこと。探索とは、今までとは全く違う方法を試してみること。
例えば、書道を上達させるために教室に通って練習するのは深化であり、現代アートの美術館に行って全く違うアートに触れてみるのは探索だ。もちろん探索をした結果、おかしなインスピレーションを受けて一瞬後退する可能性もあるが、深化ばかりしていては武田早雲のような領域にはたどり着かないだろう。
本は探索のチャンスをくれる。
高校時代、受験勉強で数学の深化ばかりしていた僕は、20歳手前くらいで"FACTFULNESS"という本に出合った。数字で世界を見てみたら、世の中意外と悪くないよ。という内容の世界的ベストセラーである。数学がこんなに面白い使われ方をしているんだと知ったのが、僕にとって初めての本を通した探索だった。
それ以降も、本にたくさんの探索をしてもらった。「ハイキュー」でチームスポーツの戦略の面白さを知ったり、「楽園のカンヴァス」でアートとミステリーのゾクゾクする感覚を教えてもらったり、「イシューからはじめよ」で仕事の進め方を根本から変えてもらったりした。
本は探索の最高の手段である。
探索の手段は本以外にもたくさんある。というか、「普段やらないこと」はほとんど探索と言っていいだろう。僕にとっては、美術館に行くのも、書道をするのも、海外旅行に行くのも、だいたい探索だ。
しかし、本が他の探索と一線を画すのは、その気軽さだと思う。1000円の本を3時間かけて200ページ読んだ時の探索は滝行に匹敵するボリュームがあるかもしれない。雑な言い方でまとめると、圧倒的にコスパが良い。
探索のチャンスは全員に与えられるわけではない
「芥川賞の作品全然面白くなかった」という声をよく聞くし、僕もそう思うことが多いと思う。(読書歴2年なので芥川賞の作品はほとんど読んだことが無い…)一方で、その作品を高く評価した評議員がいるというのも事実である。この差はおそらく、これまでの読書量や難しい本にチャレンジした経験にあるのだろう。
本から探索のチャンスを貰うためには本を読まないといけない。同じような本を読んでばかりいてもそれは深化に近い形になるので、新しいジャンル、難易度に挑戦し、自分を磨く必要があるのだと思う。
だから本は読んだ方が良い
マンガでもいいし、小説でもいいし、勉強系の本でもいいし、もしかしたらポエムとかそういうのでもいいんだと思う。もちろん、本には探索以外の面白さがあるだろうが。。。
ただ、僕は本を通した「探索」がとっても面白かったし、探索は若いうちにたくさんしといた方が良いと思う。だから僕はいずれ、「今のうちに本をたくさん読んでおいた方が良い」って言いまくるおじさんになっているんだと思う。
