「この案件が終われば楽になる」という罠。会社が見せるダミーの進捗バーの正体
どうも、すたんれいです。
「この案件さえ終われば、来月は少し落ち着きます」
会社員を長くやっていると、このセリフを何度も聞きます。
上司からも、チームからも、ときには自分の心の中からも。
炎上案件を走り切る。休日を削る。深夜のチャットを返す。やっと納品する。
すると翌朝、カレンダーが白くなるどころか、もっと難しい案件のキックオフが入る。
あの瞬間、体より先に心が折れます。
「え、まだ上り坂なの?」と。
僕は断酒して頭がクリアになってから、こういう違和感を「感情」ではなく「構造」として見るようになりました。すると見えてきたんです。会社がときどき見せる「もう少しで楽になる」という景色は、現実というよりUIだ、と。
ちなみに、この「日常のUIの裏にある、世界の本当の仕様を見破る」という感覚は、ジョン・カーペンター監督のSF映画『ゼイリブ』の世界観に非常に似ています。主人公が特殊なサングラスをかけると、街中の華やかな広告がすべて「服従しろ(OBEY)」「消費しろ(CONSUME)」という、システムからの冷徹な命令文に見えるようになるという名作です。僕がこうして文章を書いているのも、ある意味でこの「サングラス」を渡すような作業なのかもしれません。視点を「感情」から「構造」へと切り替えるための強力な補助線になるので、未見の方にはぜひおすすめします。
もっと言えば、あれはゴールではない。
離脱防止のために表示される、ダミーの進捗バーです。
まず、ここをはっきりさせたい。
あなたが弱いからしんどいわけではありません。
厚労省の令和6年労働安全衛生調査では、仕事や職業生活に関して強い不安・悩み・ストレスがあると答えた労働者は68.3%でした。内容は「仕事の量」が43.2%で最も多く、次いで「仕事の失敗・責任の発生等」が36.2%、「仕事の質」が26.4%です。さらに、過去1年にメンタルヘルス不調で1か月以上休業または退職した人がいた事業所は12.8%ありました。これは、一部の人が弱いという話ではなく、かなり広い範囲で職場設計そのものに負荷がある、という話です。
WHOも、バーンアウトを「慢性的な職場ストレスがうまく管理されなかった結果」として生じる職業上の現象として位置づけています。つまり、「自分の気合いが足りない」で全部を片づけると、問題の場所を見誤る。見るべきは性格ではなく、まず仕様です。(世界保健機関)
人間の意志力や注意力(CPUの処理能力)には、認知科学的にも明確な上限が存在します。「自分が弱いからだ」と自責の念に駆られる前に、まずは「人間の脳の仕様」を知ることが最高の防具になります。このあたりの構造を論理的に理解するなら、『エッセンシャル思考』のようなタスク選別の名著や、脳科学の観点から人間の限界を解説した書籍を読むのが手っ取り早いです。自分というハードウェアのバグを直すには、まずマニュアルを読む必要があります。
会社は「完了」を約束していない
ここで、少しだけITの話をします。
アプリやWebサービスでは、待ち時間が長いとユーザーが不安になって離脱します。だから進捗バーやローディング表示を出す。UXの世界では、進捗表示は不確実性を減らし、待ち時間を耐えやすくする役割を持っています。ときには、それ自体が「まだここにいてください」を伝える装置にもなる。(nngroup.com)
会社の「この案件が終われば落ち着く」も、これにかなり似ています。
もちろん、上司が悪意で言っているとは限りません。本人もそう信じていることは多い。
でも、会社というシステム全体で見ると、そこにエンディングはありません。
あなたは「一つの山」を登っている。
会社は「山脈」を運営している。

このズレが、徒労感の正体です。
個人の感覚では「やっと終わった」。
組織の感覚では「処理能力が確認できたので、次へどうぞ」。
つまり、納品はゴールではなく、次のアサインのトリガーなんです。
有能な人ほど、平地が来ない理由
ここで二つ目のバグが出てきます。
有能な人ほど、楽になりにくい。
サーバーの世界には、アクセスが増えたら自動で処理能力を増やして負荷に耐える「オートスケーリング」という考え方があります。会社では、これが少しねじれた形で起きます。
あなたが早く、正確に、責任感を持って仕事を終わらせる。
すると組織は、それを「信頼」として評価すると同時に、「余力」として認識します。
その結果、次の重い案件があなたのところに落ちてくる。
会社員の世界では、有能さは報酬だけでなく、追加タスクの根拠にもなる。
言い換えると、これは「有能さへの課税」です。

頑張ったご褒美が休息ではなく、より重い責任になる。
これが長く続くと、人は「仕事がつらい」より先に、「終わりが来ない」ことで削られていきます。
本当にきついのは、忙しさそのものではありません。
終わりがあると思って走っていたのに、終わりがなかったと分かることです。
しかも、残業には法的な上限があります。原則は月45時間・年360時間、特別条項があっても年720時間、複数月平均80時間以内、単月100時間未満です。逆に言えば、制度が主に見ているのは「時間の天井」であって、「責任の濃さ」や「中断の多さ」や「終わりが来そうで来ない感覚」までは自動で消してくれません。だから、合法の範囲でも人は十分に消耗します。(働き方改革推進支援センター)
ここから先は
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 「おつかれさま」のコーヒー(または猫のおやつ)を差し入れする感覚でポチッとしていただけると、更新の励みになります。
