映画鑑賞:『Eno』を観て。生成と偶然、刺激的な知性。
皆さん、こんばんは。
少しだけ、私自身の音楽への向き合い方の話をしますね。
和音のバランスについてですが、どれと重なっても音は必ず整合します。それが音の魅力であって、それが私のいっさいの感性を捉えて離しません。
すなわち、音楽というより構造への愛なのかもしれません。
•音は数学
•秩序が壊れない
•だからこそ壊しにいく価値がある
(この逆説に惹かれてしまうのです)
音楽家ブライアン・イーノ。
彼の言う「生成と偶然」といえる音楽アプローチは、私にとって相性バツグンです。
(とはいえ、理解していないことが多いんですけど…汗)
そんな私ですが、先日大宮OttOで映画『Eno』を鑑賞しました。
かつてはブライアン・イーノの発する言葉が、どうしても難解に聞こえたものでした。
知性的、かつ抽象的。だからこそ憧れてやまない。

【映画Eno】
こちらは、所謂伝記映画ではありません。
イーノの言葉、映像、音楽が断片的に配置され、それらが反復し、ときに組み替えられ、流れていく感じ。
まぁそんな感じが延々続くワケなんです。
それでは以下、そんな変態イーノに倣い(笑)断片的に展開してみましょうか。
《1980s→KHAOS》
・尖った音楽が好きだと言う。例えばヴェルヴェット・アンダーグラウンド。
・80年代のイーノはカオスを好みワシントンスクエア公園の側に住む。偶然公園でララージが演奏しているところを発見。
・フェラ・クティにも夢中になる。
《Oblique Strategies→ Created by musician Brian Eno and Peter Schmidt》
・オブリークストラテジーズ。カードを一枚引いて思いもつかなかったアイデアに出会えるツール。
・デヴィッド・ボウイとの共同作業でそれぞれカードを選ぶ。
・正解は教えない。
・イーノのカードは「眼前の作業に徹底的にそれだけに集中せよ」/ボウイのカードは「大事なものを最後に破壊せよ」
・良いアイディアは時として思いもしない行動で思考の外から生まれる。
《環境→表現》
・幼い頃は川の側で暮らす。
・川は恒常ではなく流動的。
・川には生命体がありそれらはそれぞれで拡がりをみせる。
・稚拙なものが複雑へ。生物の進化に魅せられる。
・それらを音楽で表現できるだろうと考える。
《なぜ私たちは音楽に惹かれるのか》
・非常に原始的な問い。その問いを常に音楽家は問う。
・ゆえに思考を整理する。
・パターンに捉われる。
・生成と偶然。
・自由でありたい。
《世界があと5分だったら》
・世界があと5分だったら、音楽を選ぶ。
《ART》
・音楽が抽象的になって絵画に近づけばいい。奇しくも絵画は音楽に近づけばいい。
《感情→砦》
・音楽には感情がある。
・若い頃はそれ自体恥ずかしかったが、否。感情は恥ずかしいものではない。
【Enoを観終えて】
音楽には感情があると言うイーノの表情。なぜか少年のように嬉しそうに見えました。
イーノの様な感受性の持ち主は、おそらく理論武装していないと壊れてしまうハズ。
だから、彼の整合する音の世界は、なんとなく、壊れない人生のモデルのようにも見えるのです。
遊びのような散文詩的構造、すなわち誰も見たことのないその景色は、人生を豊かにするアイディアそのもののような気もするのです。
昔は難しく感じたイーノの言葉。今はとても現実的に聞こえるのがウレシイ。
音楽やアートは、生き方そのものだと思います。
それでは皆さん。
素敵な音楽で、素敵なクリスマスを。

的に映画パンフレットを置いてみました)
