「薔薇の名前を知った日に・前編」
「今年も、あの薔薇が入りましたよ。ブーケに包みますか?」
木製の中心街、ジュピトリアン・ステーションの中にある花屋にて、売り子アンドロイドに偽物の笑顔で迎えられる。
「あんた、記憶をリロードしてんの? 初めてここで会ったのと型番が変わったみたいだけど」
「はい、私共のボディは定期的に最新型に入れ替えられますが、お客様のメモリーも常に上書きされています。ベリーフィールズ様は、ツタンカーメン卿のご友人として全店舗のマシンに共有周知されておりますので」
「うっわ、マジか。そりゃ悪ぃコトができないねぇ」
コールドディスプレイに並ぶ色鮮やかな生花を眺めると、懐かしいブランディング・ローズが目に入る。先述の人物との、出会いのきっかけになってくれた薔薇だ。
……って、あの人は思ってるけど。実はあれが初対面じゃ無いって、いつ言い出すか困ってんだよな……。
どうしようかねと呟くと、鋭敏なグリフォンの鼻腔に独特な匂いが届く。白薔薇の蕾に混ざるまだ緑色の硬い柑橘実の香り、まとうのは世界でただ一人。

「伍長、お待たせしました」
「あれ、早かったね。ミーティングは終わったの?」
「アルジュナがまだ基礎設計案をまとめられなくて。お腹は減るし八つ当たりはされるし、疲れちゃって引き上げて来たんですよ」
「あらま、ご愁傷様」
今年はどうします?と、花も霞むストロベリー・ブロンドを肩に揺らして、三歳年上の上司が微笑みながらウインドウを覗き込む。結局、初対面の縁を結んでくれたオレンジブラウンのブランディング・ローズを三輪購入して、あの頃と同じく二人並んでポラリスマーケットを歩いた。
「ブレインシステムの調子はどう?」
「コクピットとの接続は順調なんですけど、いまいち無線ビットとの連携が遅れるんです。フィーリングが重いというか」
「まだまだ、改良の余地ありってとこか」
「ですね、私もまだコンソールに全然慣れないし」
星間飛行隊のエースが着用するダークレッドの軍服は、とにかく目立つ。生来色白で赤毛のソーヴィ・憂・ツタンカーメン少尉にはカラーリング的にあつらえたように似合うのだが、街中ではとても恥ずかしいらしく、今夜もクリーム色のカシミアハーフコートを重ね着していた。
相変わらず童顔だよな、とその横顔に思う。ソーヴィは東洋の島国の血が濃いからなのか、初めて会った五年前と体格もほとんど変わらない。
ハイブリッド・ビーストであるアルマンゾ自身は、そろそろ青年期を迎えて顔立ちも精悍になった。鍛えた筋肉が更に逞しさを増して、「男の色気が強くなった」と悪友や義弟に笑われるのだが、十代の頃のように強い性欲を持て余して夜の街を徘徊することもほぼ無くなった。
雄のビーストとしてもまだこれからが繁殖期の本格化だし、貴重種であるグリフォンの最盛成長期は30歳程度まで進み続ける。まさか、厨二病が深刻だった過去に色街や遊郭で雌漁りをしまくったのが原因か? いや、枯れ果てるにはまだまだ早過ぎる。
「晩ごはん、どうします? 伍長のランチは何でした?」
「今日は近くにデリバリーカーが来たから、久しぶりにガパオライス食ったよ。辛味も軽くて美味かったけど、アンタには辛すぎるかも」
「そうか、う〜ん。私はクラブサンドイッチとクラムチャウダーのセットで、ポテトがふわふわで当たりでしたね。開店したのが先月で、ずっと気になってたお店なんです」
「お、次は連れてってよ。俺も食いたいわ」
「是非、明後日とかいかがです?」
マーケットを横切り、ホワイトカラーのエリート達が行き交うオフィスストリートを横断しつつ、ツタンカーメン家の優しい後継者と穏やかに微笑む午後。ふむ、なかなか悪くない。かつて血に濡れた傭兵部隊で暗躍した自分が知ったらどう感じるだろう。
「あ、ちょっと覗きたい店舗があって。そこなんですけど」
「三越の中のコムデギャルソン?」
「なんで分かるんですか〜」
「さあ、なんででしょうねぇ〜?」
売春行為などこれから先も縁が無いだろう、ソーヴィ・憂・ツタンカーメンの鈴のような笑声に癒されながら、カシミアに包まれた細い肩を軽く抱く。お互いこういうスキンシップを最近やっと、恥ずかしがらず普通にこなせるようになった。
アルマンゾには「アルファクラス珍種のグリフォン」という身体を利用し、貴族や裕福層の人間男女相手に男娼としてアルバイトを続けていた時期がある。種族的に受け身を徹底拒否する精神構造を持つので、タチ役しか経験はないが、一晩で50万デュべを稼いだ夜も珍しくはなかった。中年壮年のガツガツした金持ち女相手に、金額相応の満足感を性的サービスしなければならない、実にハードな仕事で。まだ暗殺や戦争処理の方が気楽だなと半年で辞めてしまったが。
ビースト・ホストクラブの店長には「せめて、あと一年いてくれ」「お前なら自分の店を木星にも出せる」と、土下座までされた、懐かしい若き日の思い出だ。
自分のようなグリフォンやユニコーンなど、貴重種ビーストは交配率が低く子供も生まれにくい。子孫を残したいとは考えたこともないが、早くに発情サイクルが衰えてくるのも種族的な要因なのだろうか。何せ自分達グリフォンは珍し過ぎて、文献もほとんど存在しない。始祖はどうやって血統を残していったのだろう。
「この白いブラウス、似合うよ。ああ、でもその赤もいいかな」
「形は同じなんですよね、白と赤か……、どうしよう」
「俺は、赤が好きかな。あんたの髪と合ってるし」
「なら、こちらにします。月末のパーティーに着ますね」
赤、血の真紅。一番古い記憶は、母親や兄弟と死に別れた大きな屋敷。
地球で長く続く王侯貴族の城にて、アルマンゾの曽祖父の代からグリフォンの血族は保護されていた。平和な暖かい生活、満ち足りた衣食住と礼節を慮る暮らし。人間達はアルマンゾらを宝物や神のように讃えて、大切に扱われていた。教養や躾は十歳までに徹底されるというのは、身に染みて熟知したと思う。
城が襲われたのは突然で、雪の深い白夜だった。グリフォンを独占していた王とその妃、王子らは親族の謀反により皆殺し。聖獣と信じられていたグリフォンの血肉を食べれば千年生き延びる迷信に惑わされ、下克上を果たした裏切り者はアルマンゾの母を殺し、弟の生皮を剥いだ。
ガソリンをかけられて一気に炎上した城から、どう逃げ出したのかよく覚えていない。気の遠くなるような寒さと飢え、狂いそうになる気を抑えて、国境を超えた村の修道院に拾われた。食べる為生きる為戦場へ出て仲間を集め、いつからか「ピンキーダッシュ・ファミリーのマンジー」と呼ばれるようになっていた。
現在のアルマンゾ・愁・ラズベリーフィールドは、正規軍特殊諜報部隊の伍長として登録されているが、同時にマンジー・ベラスカトーレ少佐として第00機動隊長の裏の顔を持っている。十一歳から戦場に立ち、主に軍内部の裏切り者や敵国の要人、腐敗した政治家の暗殺を請け追い続けて六年。
「白銀のグリフォン」としての通称が売れ過ぎて、賞金首としての掛け値が2500万デュべを超えたあたりから、いい加減殺しや謀略の血濡れた日常に飽きてしまった。
元々、殺戮や戦争が好きで闇家業を続けていたわけでなく、他多くの後ろ盾の無いハイブリッド・ビーストがそうであるように、衣食住に困らない暮らしを送るには選べる職種などなかったからだ。
牛や馬、羊、犬などの家畜獣種ならば人間の奴隷として、兎や猫なら愛玩ペットとして生きる機会もあった。だが貴重珍獣であるグリフォンやホワイトファング、フェニックス、ユニコーンなどの超大型ビーストは、貴族の蔵に仕舞い込まれるか、美術館や博物館に飾られる者がほとんど。そんな見せ物としてガラス張りの箱で生涯を終えるなら、戦って燃え尽きる方がマシだとこの生き方を選んだ。
闇の仕事から足を洗おうと決心したのは、この隣を歩く小柄な人間に出会ったから。
「アルマンゾ伍長、良かったら年末、天王星の私の家で過ごしませんか?」
「俺が? ツタンカーメンの本家にかい? 親父さんに殺されないかねぇ」
「どうして? 祖父や父は貴方に感謝ばかりですよ。いい加減会わせろとうるさくて。ご予定はいかが?」
「アナタのお願いなら、俺は断れない。知ってるくせに」
その特別な相手の、イエローダイアモンドの瞳を覗き込みながら、初めてこの宝石を見つけたあの日を思い出していた。
【続】
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マダム、ムッシュ、貧しい哀れなガンダムオタクにお恵みを……。