#145 | cittoの記録 | 自分の輪郭を取り戻すまで——46年目のリスタート
**citto(チット)**です。
読みに来てくださり、ありがとうございます。
現在、休職して8ヶ月目。
そのあいだ、わたしはずっと「自分って、どんな人間だったっけ?」と問い続けています。
役割に追われ、相手に合わせ続け、いつの間にかぼやけてしまった“自分の輪郭”。
今、その輪郭をひとつずつ確かめ直している最中です。
今日は、そんな内側の「わたし」を記録として残したいと思います。
自分を後回しにしてきた46年間
休職中の今、わたしは会社員としての役割はいったんお休み。
その代わり、
・母親
・パートナー
・子犬の「うに」を育てる役割
この3つを担っている。
けれど、適応障害になって気がついたのは、
“わたしは、自分のことを全然理解していなかった”
という事実。
周囲に合わせることが「生きる術」になりすぎていて、
「自分の感情」を二の次・三の次にしてしまう癖が、深く、長く、身体に染みついていた。
その結果——
耐えきれなくなった“本来のわたし”が悲鳴をあげ、適応障害として表れたのだと思う。
なぜ、ここまで我慢してしまったのか。
46年も。
ひとりが気楽だった理由
わたしは、誰かといると緊張するタイプだった。
親友と呼べる人も2人だけ。
パートナーに出会うまでは、人と一緒にいるのに、どこか呼吸が浅くなるような感覚があった。
若い頃、結局は、はじめて付き合った人と結婚。
それは「自分らしい選択」だと思っていたけれど、
本当は両親から逃げたい気持ちも強かった。
その後、子どもを2人授かり、家族として生きてきたけれど、
元夫は「自分が最優先」のタイプ。
わたしはますます自分を後回しにし続けた。
“家族を壊さないため”に。
“見えなかった相手”に気づくまで
思えば、付き合っているときには気付けなかったことが、結婚すると山ほど見えてきた。
だから、もし、子どもたちが「結婚前提で同棲したい」と言ったら、わたしは賛成する。
一緒に暮らさないと見えてこない“相手の素顔”や“自分の本音”が必ずあるから。
そして、その気づきは大切な判断材料になる。
一生を共にできる相手なのか、共同体になれるのか。
自分自身が痛いほど経験したからこそ、そう思うのだ。
子どもたちと向き合いながら、わたしも変わる
子どもたちは、元夫の血とわたしの血を半分ずつ引いている。
元夫に似た部分を見ると、イラっとすることもある。
でも、「自分の血だからイラっとしない」なんてこともない。
そもそも、わたし自身が自分を理解しきれていないのだから。
だからこそ、今は「自分が嫌と感じること」「大切だと思うこと」を言葉にする、と決めている。
子どもたちが嫌な顔をしたり、無視したり、ケンカになる日もある。
それでも——
我慢し続けること=自分を傷つけること
だと、今のわたしは知っているから。
娘との大喧嘩がくれた“本音”の練習
8ヶ月前、娘と大喧嘩した。
気持ちが全然見えず、話もしない時期が長く続いた。
でも、あとから娘は言った。
「お母さんも、本音を言ってよ。わたしも仲良くしたいと思ってるよ。」
わたしが我慢しすぎていたから、娘は“どう接していいのか分からなかった”らしいのです。反省しました。
今は、お互いに距離感を大切にしながら、
・素直に謝る
・感謝を伝える
・悩みを共有する
そんな関係に戻ってきた。
ありがとう、と言い合える回数が増えた。
応援し合えるようになった。
これが、わたしにとって何よりの変化です。
長男との話は…また別の機会に。
さいごに
役割に合わせるだけの人生から、“わたしの輪郭”を取り戻す人生へ。
今もまだ途中だけれど、少しずつ、自分自身と仲直りしている気がします。
あなたは、「自分の輪郭」を見失いそうになったことはありますか?
そして今、その輪郭はどんな形をしていますか?
今日は、このへんで。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
おまけ
今日の「うに」のお散歩で、初めて別のわんこちゃんに遭遇しました!
しかも、パグ犬で、同じ女の子でした!
お姉さんパグで、もう大人。
うちの「うに」が飛び掛かってしまっても、動じずにクンクン。
ほんとうに元気過ぎて、わたしは飼い主さんとお姉さんパグにひたすら謝りました💦
「大丈夫、そのうち落ち着きますよ~」
と言っていただき、少しほっとしましたが・・・(笑)
今日は、いろんな刺激があったせいか、まだまだ大興奮の「うに」です。

