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調達した資金を1ドルも使わない──評価額$15B企業の創業者が語る"ラディカル・プラグマティズム"

Applied Intuitionは、自動運転をはじめとする自律システム向けのAIソフトウェアを提供する企業で、評価額は約150億ドル(約2.2兆円)に達している。創業者でCEOのカサール・ユニス(Qasar Younis)氏は、元Google プロダクトマネージャーであり、Y Combinator(YC)のCOOも務めた経歴を持つ。

彼がファイアサイドチャットで語った経営哲学──「ラディカル・プラグマティズム(過激なまでの実用主義)」──は、起業家やビジネスリーダーにとって示唆に富む内容だった。本稿では、その発言を軸に、意思決定・組織づくり・資金戦略に関する要点を整理する。


1. ラディカル・プラグマティズム──他人のフレームワークを鵜呑みにしない


1-1. 「起業家のアドバイスは7割がエンタメ」

ユニス氏は、「radicalpragmatism.com」が自身のウェブサイトにリダイレクトされると明かすほど、この概念に強い思い入れを持っている。その核心は、他の成功者の言葉をそのまま自社に当てはめないことだ。

「あなたの会社について考えるとき、私や他の誰かのアイデアをそのまま持ってくることはできない。自分自身が誰なのか、どのステージにいるのか、使えるリソース、競合の状態、買い手の市場環境──その現実に基づいて判断しなければならない」

さらに、インタビューや講演で語られるアドバイスについて率直にこう述べている。

「インタビューで語られることの7割はエンターテインメントだ。実際に使えるのは3割程度。Breaking Badを観て人生の教訓を得ようとするようなものだ」

1-2. ブルース・リーの「自分の武術をつくる」発想

ユニス氏は、高校時代に読んだブルース・リーの著書を引き合いに出す。リーは、複数の武術を学んだ上で、実戦(ストリートファイト)に最適化された自分独自の格闘術「截拳道(ジークンドー)」を生み出した。

ラディカル・プラグマティズムとは、他者のフレームワークを参考にしつつも、最終的には自社固有の状況に合った判断を一から組み立てる姿勢のことだ。NVIDIAが何をしているか、他の大企業がどう動いているかではなく、自社のファーストプリンシプル(第一原理)に立ち返る。

1-3. なぜ一次思考は難しいのか

では、なぜすべての創業者がファーストプリンシプルで考えられないのか。ユニス氏の答えは明快だ。

「あなたは感情的な動物だからだ。経験、荷物、会社を作った理由、共同創業者との関係──それらは自分が思っているほど純粋ではない。極めて偏った視点で意思決定の霧の中に入っていく」

採用を例に挙げ、「多くの場合、最初の30分で採否を決めている。残りの時間はただの合理化だ」と指摘する。感情を剥ぎ取ることが意思決定の質を高める鍵だが、同時に、感情こそが創業者を駆り立てるものでもある──この矛盾と向き合うことがラディカル・プラグマティズムの本質だ。

1-4. 「考えを変える自由」を組織に与える

この哲学には実務的なメリットもある。意思決定の前提を明示することで、状況が変わったときに方針を変えやすくなる。

「『今わかっていることすべてに基づいて、この道を進む』と言えばいい。2週間後、2カ月後に違う道を選ぶかもしれない。2年前に言ったことと一貫性があるかどうかより、正しい判断をするほうが大事だ」

2. 組織と文化──「バリュー」を報酬に直結させる仕組み


2-1. バリューの起源:なぜうまくいっているのかを書き出す

Applied Intuitionのバリュー(価値観)は、社員がまだ10人程度の時期に生まれた。1,000万ドルの受注を獲得した段階で「これは普通じゃない」と感じたユニス氏は、チームをサンタクルーズの家に連れて行き、なぜこの初期の成功があるのかを書き出した。

「バリューという言葉は正確ではないかもしれない。実質的には、『これまでなぜうまくいったのか』を記録したもの」だと彼は説明する。仮説は、人数が30人、50人、100人と増えるにつれて組織は平均に回帰するというものだった。だからこそ、自社を市場の課題に特化したカスタムメイドの組織として尖らせ続ける必要がある。

2-2. 50の行動指標と「3は選べない」評価システム

Applied Intuitionでは、10のバリューそれぞれに約5つの具体的行動を設定し、計約50の行動指標で全社員がマネージャーを評価する。特徴的なのは、5段階評価で「3(中間)」を選べない設計になっている点だ。

第1のバリューは、「Speed of all things(すべてにおけるスピード)」。最初の行動指標は、「私のマネージャーは決断力がある」。5=常に、4=ほとんどの場合、2=まれに、1=一度もない──3が存在しないため、評価者は明確な判断を迫られる。

「『私のマネージャーは、私より勤勉だ』と問えば、1,000人以上のエンジニアに聞けば、どのマネージャーが本当に働いているかは一目瞭然だ」

この評価をもとに報酬と昇進を決定することで、バリューは単なるスローガンではなく、行動を実際に変えるインセンティブとして機能している。

2-3. 大企業の「当たり前」をやらない

ユニス氏は、大企業が当然のように行っていることを意図的に避けてきた。

  • LinkedIn禁止(5年間): 創業から5年間、社員は全員LinkedInのプロフィールを持っていなかった。競合がLinkedInから組織図をリバースエンジニアリングできると気づいたためだ。

  • 肩書きなし: タイトルにこだわる候補者は自動的にフィルターにかかる。

  • CEO のカレンダーを全社公開: 会社の歴史の95%の期間、ユニス氏のスケジュールは全社員に公開されていた。プロダクトレビューや顧客ミーティングが入っていなければ恥ずかしいと感じるべきだという発想からだ。

「恥は優れた道徳的コンパスだ」 とユニス氏は言う。Googleから学んだプラスの側面(ソフトウェア品質、ツーリング)は取り入れつつ、パフォーマンス管理や目標設定、タイトル制度といった同社の弱点は明確に排除した。

3. 創業者として学んだ3つの教訓


3-1. 最も重要なのは採用である

ユニス氏は、YC時代、創業者の技術力が最も重要だと信じていた。しかし、3社目となるApplied Intuitionを経て、その考えは変わった。

「採用がすべてだ。創業者の技術力が一番大事だというのは、YCバイアス、エンジニアバイアスの見方だった。もうそれは信じていない」

同社には、元CTOが40人以上在籍しているという事実が、この採用重視の姿勢を物語っている。

3-2. 週10時間の差が年3カ月を生む

ユニス氏は、14歳から週7日働いてきたと語る。その代償は認めつつも、ハードワークの数学的な価値を強調する。

「週40時間を50時間にするだけで、年末には3カ月分の追加時間になる。たとえその3カ月間、コーヒースタンドでだらだらしていたとしても、アウトプットは増える」

一方で、長期持続性への意識も変化している。Jensen Huang氏が、30年にわたりNVIDIAを率いている事実を引き合いに出し、「2〜4年は多くの人にできる。しかし、市場もカルチャーも変わるなかで10年、20年やり続けるのは、最高レベルの卓越性だ」 と語る。最近、自身のリーダーシップチームに「7日間労働をやめる必要がある」と伝えたという。

3-3. 資金調達は「武器」であり「メッセージ」である

Applied Intuitionは、調達した資金を1ドルも使ったことがないという。シリーズFまで進み、約10億ドルを調達しているにもかかわらずだ。では、なぜ調達するのか。

「資金調達は、エコシステムにメッセージを送る。従業員、他の投資家、競合、そして、顧客に対して、我々は順調だという明確なシグナルを発信している」

直近のラウンドでの希薄化は約1%程度だという。「資本を武器として使う──使わないのに」 という一見矛盾した戦略は、ユニス氏が以前は信じていなかったものだ。

「良い会社なら自然と知られるはずだという幻想を持っていた。結論から言えば、知られない」

同様に、会社の「ハイプ(盛り上げ)」の重要性も、感情的には好まないものの、10年の経験を経て認めざるを得ないと率直に語っている。

4. 週末の使い方──創業者が「一人で考える時間」を持つ理由


4-1. 土曜・日曜は「自分の声を聴く時間」

ユニス氏は、週末の過ごし方について具体的に語っている。午前中は他の創業者との1on1ミーティングに充て、残りの時間は一人でカフェに座り、週の中で気になったことを整理する。

「コーヒーショップに座って、メッセージを全部処理して、読みたかった記事を読んで、脳に消化させる。誰かがふと漏らした一言──『あの締め切り、間に合うかわからない』──それが何を意味するのかを考える」

組織が20〜30人を超えると、社員はCEOの前で発言をフィルタリングし始める。マーケティング責任者は、自分の領域の重要性をアピールするために「偶然」CEOとすれ違う。それ自体は悪意のある操作ではないが、情報は確実に歪む。だからこそ、週末に一人でノイズを除去し、シグナルを拾い直すことが重要になる。

4-2. 繰り返し気になることは「人の問題」

もう一つの週末の活用法は、繰り返し自分を苛立たせる問題を書き出すことだ。同じ機能領域、同じ人物が何度も浮かぶなら、それは人材の入れ替えを検討すべきサインだ。

「かつては、それを認めるのは弱さだと思っていた。仕事ができるなら、自分が我慢すればいいと。しかし実際には、あなただけが会社に長期間いる唯一の存在だ。全員がいつか辞める」

組織は創業者と共同創業者を中心に設計すべきであり、創業者の持続可能性を損なう要因は、たとえ優秀な人材であっても対処する必要がある──これは10年の経験を経て得た教訓だという。

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