すべてのソフトウェア企業はAI企業に──エンジェルリストCEOが語る投資とスタートアップの未来
スタートアップの世界では常に新たな潮流が生まれ、急激な変化を見せています。特に近年ではAI(人工知能)の進化が著しく、これまで「ソフトウェア企業」と呼ばれてきたスタートアップやテック企業が「AI企業」としても再定義されるケースが増えつつあります。そんな中、起業家が初期段階で資金を獲得しやすくするプラットフォームとして成長を遂げてきたのがエンジェルリスト(AngelList)です。
本記事では、エンジェルリストのCEOであり、自身も2度の起業と売却を経験したアブロック・コーリ(Avlok Kohli)氏の発言や同氏の考え方を中心に、最近のスタートアップ投資トレンドやAIの影響、そして創業者・投資家双方が押さえておくべきポイントをわかりやすく解説します。
1. エンジェルリストとCEOアブロック・コーリの背景
1-1. エンジェルリストの歩み
エンジェルリストはもともと「スタートアップとエンジェル投資家を結ぶプラットフォーム」として登場しました。起業家が資金調達しやすく、投資家が有望な企業を見つけやすい仕組みを提供し、スタートアップ投資の敷居を下げた存在として知られています。
しかし、近年では単なる「エンジェルとスタートアップをマッチングする場」から大きく進化しました。アブロック・コーリ氏は2019年にCEOに就任後、下記のような多角的サービスを展開し、いまや「ファンド管理のインフラ」を担うまでに事業を拡大しています。
SPV(Special Purpose Vehicle:特定目的投資組合)運用
「ローリングファンド(Rolling Fund)」の発明
Scoutプログラムのサポート
キャップテーブル管理や二次取引(セカンダリー)における支援
1-2. アブロック・コーリ氏の経歴
コーリ氏はエンジェルリストCEOに就任する前、2度の起業と売却を経験してきました。
Fastbite:フードデリバリー企業 → Postmatesに売却
Fairy:高頻度ハウスクリーニングサービス → Squareに売却
自身が創業者として事業を立ち上げた背景を持つからこそ、エンジェルリストを利用する起業家の課題感にも深く共感でき、「より創業者に優しい投資環境づくり」を目指しているといいます。
2. 「すべてのソフトウェア企業はAI企業になる」という宣言
2-1. AIブームの波と現状
近年のAI技術、とりわけ大規模言語モデル(LLM)の進化は目覚ましく、さまざまな企業の活動を一変させています。コーリ氏はこの現象を次のように明言しています。
「Every software company is an AI company now.(いまや、すべてのソフトウェア企業がAI企業だ)」
この言葉からわかるとおり、もはやAIは一部の先進企業が使う特別なテクノロジーではなく、すべてのプロダクトやサービスに組み込まれる「不可欠の基盤」へと変貌しました。実際、チャットボットや画像生成AIだけでなく、バックオフィスの自動化からコード生成、ユーザーサポートまで、幅広い用途での採用事例が増えています。
2-2. 「AI企業」ブームへの賛否両論
一方で、実際にはAI技術をどう組み込むか明確でないにもかかわらず、「AI」というキーワードをつけてピッチする企業も存在します。投資家からの注目を集めたい、という理由だけでAIをうたうケースもあるため、「本当に自社のプロダクトをAIでどのように強化するのか」については慎重に見極める必要があるでしょう。
しかし全体としては、汎用性・応用範囲の広さから、AI技術を活用したスタートアップがここ数年で爆発的に増えているのも事実であり、投資家サイドの需要も引き続き高まっているといえます。
3. スタートアップ投資の現状とエンジェルリストの役割
3-1. 投資市況:パンデミック期からの揺り戻し
2020〜2021年のパンデミック下では、金利の低水準やリモートワーク需要の急上昇などを背景に、スタートアップ投資は空前の活況を呈しました。しかし、金利が上昇に転じたことで一部の企業のバリュエーションは下がり、景気もやや減速して「調整局面」に入りました。
とはいえ、コーリ氏は「投資熱そのものは依然として高い」といいます。特にAIの分野ではさらに注目が集まり、「起業に対する意欲」も高い水準が続いているようです。
3-2. エンジェルリストが提供するインフラ
エンジェルリストは、以下のような形で投資家と起業家の架け橋を担っています。
SPV
初期のころはエンジェル投資家向けのSPV設立支援に強みがありましたが、現在ではファンド管理を包括的に行うプラットフォームへ発展しています。ローリングファンド(Rolling Fund)
エンジェルリストが生んだ新しい投資スキームで、定期的に資金を集めながら継続的に投資する仕組み。小規模でも始められ、投資家が参加しやすいのが特徴です。Scoutプログラムの管理
大手VCファームが行う「Scoutプログラム」(個人投資家やアドバイザーに投資枠を与えて早期のスタートアップを発掘・投資してもらう仕組み)を、エンジェルリストのプラットフォームを通じて効率化。Scoutの管理・コンプライアンス・会計を引き受けるため、VCファーム側の負担が大きく軽減されます。RUV(Roll Up Vehicle)
創業者が従業員のセカンダリー(既存株の売却)を簡易化するために使われるケースも増加。エンジェルリストは法務や会計などの複雑な手続きを一元管理し、スムーズな資本移動を可能にしています。
4. 資金調達とセカンダリー市場の変化
4-1. 長期化するスタートアップの「非上場期間」
一時期「上場ブーム」だった米国市場ですが、近年は大物スタートアップが非上場のまま成長を続けるケースも増え、VCやエンジェル投資家にとっては「株式を売却して現金化(エグジット)する機会」が得にくくなっていました。IPOウィンドウが閉じた時期が続いたためです。
しかし、2023年後半からはいくつかの企業が上場の動きを示し、M&Aも徐々に再開の兆しを見せつつあります。コーリ氏も、「Googleなどによる大型買収やIPOなどが増えれば、また流動性(Liquidity)は高まる」と指摘しています。
4-2. エンジェルリストとセカンダリーサポート
投資家や従業員が保有する株式を売買するセカンダリー市場は、しばしば「カルタ(Carta)」のような専門企業が支援してきました。エンジェルリストでもRUVを使い、従業員の持つ株式を買い手とマッチングしやすくしたり、ファンドレベルでの流動化(LPがファンド持分を第三者へ譲渡する手続き)を手厚くサポートしたりするなど、流動性改善の取り組みを行っています。
5. エンジェルリストの新サービス「Finn」とAI活用
5-1. 「Finn」とは何か
エンジェルリストは、2023年に新たなプロダクトとして、「Finn」というプライベート市場向けのリサーチエンジンを発表しました。
特徴1:AIによる分析・推論エンジン
エンジェルリストが蓄積してきた膨大な投資データを匿名化し、ユーザーが自然言語で質問を入力すると、即座に統計情報やレポートを生成します。特徴2:外部データとの連携
他のパートナー企業から提供されるセカンダリー情報などとも連携し、より包括的な私募市場のデータを取得可能。特徴3:ファンド向けインサイト
投資家が自身のファンドの成績やポートフォリオを解析し、LP向けレポートを自動生成するといった高度な機能も備えています。
5-2. バックオフィス業務におけるAIの浸透
エンジェルリストではさらに、契約書や法的文書など人手を要するバックオフィス業務をAIで効率化する取り組みに力を入れています。
例えば、大量の投資契約書(Subscription AgreementやSPAなど)をAIが読み取り、必要なデータを自動で抽出し、会計システムへ反映するといった「人力を削減する仕組み」を進めています。これにより、より少人数かつ迅速なファンド運営が可能になり、ひいては投資家や起業家へのサービス向上にもつながるといいます。
6. 創業者と投資家へのアドバイス
6-1. 創業者への助言
コーリ氏は、AIの急速な進化を前にしたスタートアップ創業者に対し、次の2点を強調しています。
AIツールを積極的に学ぶ
「週単位、下手すると日単位で新しい機能やサービスが登場している」といわれるほど、AIは変化のサイクルが速い領域です。特にソフトウェアを基盤にしている事業であれば、AIをどう組み込むかが競争力に直結するケースも増えています。自分の問題意識を解決することに集中
「最初の顧客は自分」というのはスタートアップにおける定石です。トレンドに惑わされず、自分が本当に必要だと感じるソリューションを徹底的に追求することが、長期的に価値ある事業を生む近道となるでしょう。
6-2. 投資家への助言
エンジェルやVCなど投資家に対しては、「AI特化だから投資する」という短絡的な判断だけではなく、本質的にユニークな課題解決がなされているかを見極める重要性を示唆しています。また、「ファンド規模が大きくなればなるほど、ディールのリードを巡る“ゼロサムゲーム”に入りやすい」という点にも注意が必要だと指摘します。
「小規模ファンドであれば複数投資家と共存しやすいが、巨大ファンドになれば他の著名VCと競合してしまう」
という構造上の難しさを踏まえ、自分の投資戦略に合った適正規模や独自の投資テーマを持つことが求められます。
7. 今後の展望:拡大する私募市場とスタートアップの行方
世界的に見ても、テクノロジー分野は依然として成長の余地が大きく、特にAIやデータ関連は今後も“実需”を伴って投資が増えていくと予測されます。一時期のバブル的な雰囲気は落ち着いたものの、基礎的な需要と技術革新が交わる部分には引き続き高い注目が集まっています。
エンジェルリストをはじめとするプラットフォームの進化が、個人投資家や従業員、スモールファンドなど、多様なプレイヤーがスタートアップエコシステムに参加しやすい環境を作ることで、さらなるイノベーションが起こることが期待されます。
「投資家が増えれば、初期アイデアに賛同する人も増える。結果として多様なスタートアップが生まれるのは社会にとって良いことだ」
(アブロック・コーリ氏)
一方で、スタートアップの閉鎖や整理が増加している現状も確かに存在します。パンデミック下の投資拡大によるバリュエーションの過熱感から、いまや「選別のフェーズ」に入ったともいえますが、そうした調整によっても真の実力を持つ企業は生き残り、特にAI領域で新しい可能性を切り開くでしょう。
まとめると、
AIは「不可欠な基盤」になりつつあり、スタートアップにも大きな変革をもたらしている。
エンジェルリストは、SPV・ローリングファンド・Scoutプログラムなど幅広い投資インフラを提供し、投資家と起業家の橋渡しを行っている。
「Finn」のようなデータ分析AIツールやバックオフィス自動化も推進し、私募市場全体を効率化する役割が期待されている。
起業家・投資家ともに、AIを単なる流行ではなく本質的に活用し、“問題解決”に集中することが成功の鍵になる。
こうした動向を踏まえつつ、「すべてのソフトウェア企業がAI企業になる」という言葉が示唆するように、テクノロジーの進化は今後も果てしなく続きます。新たに起業する人も、投資する人も、常に変化に対して学び続ける姿勢が求められるでしょう。
テック業界全体が目まぐるしく変わるいまだからこそ、エンジェルリストのような“アクセスしやすい投資インフラ”がどんな可能性を開いていくか、そしてAIがどのように社会へ浸透していくか—その行方から目が離せません。
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