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人間レベルのAIは実現するのか?―ヤン・ルカンの提言

2025年開催の「AI Action Summit」におけるヤン・ルカン(Yann LeCun)氏の講演は、生成系AIや大規模言語モデル(LLM)がもたらした近年の成果だけでなく、それらが抱える根本的な課題について言及し、人間や動物が持つ「常識的理解」や「学習能力」をAIが獲得するための新たなアプローチを提案した点が大きな特徴です。とりわけ、生成型モデル(例えばテキストの次の単語を予測するLLM)の弱点や限界、そしてロボットや物理的世界への適用例から浮かび上がる問題についての考察は、今後のAI研究開発の方向性を示唆するものでした。

本記事では、ヤン・ルカン氏の講演内容をもとに、AIの限界と可能性、そして「人間レベルの知能」に近づくための方策をわかりやすく解説します。講演で紹介された専門的な用語や概念(エネルギーベースモデル、世界モデル、階層的プランニングなど)について、具体例や発言の引用を交えながら整理していきます。


1. 大規模言語モデル(LLM)の到達点と限界


1-1. オートリグレッシブ予測の仕組み

ヤン・ルカン氏は、近年大きな注目を集めているChatGPTなどの大規模言語モデルについて、以下のように解説しています。

「今のLLMは、1つ前のトークンから次のトークンを『自動回帰(オートリグレッシブ)的』に予測している。生成するときもトークンを一つずつ出し、それを入力に戻して次を生成し続ける。」

この仕組みにより、人間が想像もしなかった流麗な文章を出力できる反面、“連続した論理の破綻”や“文脈から外れた回答”が生じやすいという課題があります。生成過程でわずかなエラーが連鎖的に拡大し、いわゆる「幻覚(hallucination)」が起こる可能性があるためです。

1-2. 大量データとモラベックのパラドックス

さらに、LLMがテキストベースで学習する際の「莫大なデータ規模」も指摘されました。人間が生涯で読み得る文字数を遥かに超える30兆以上のトークンを学習しているにもかかわらず、人間レベルの物理的常識や柔軟な推論を獲得したとは言いがたい現状があります。
このギャップは、「モラベックのパラドックス」にも通じるものです。チェスや数学の定理証明など、人間が「高度」とみなすタスクをこなせる一方で、子どもや動物が何気なくこなすような“物理世界での推論や操作”がうまくいかない――そこが現行の機械学習の大きな弱点だと強調されました。

「10歳の子どもが夕食後の食器を洗浄機に入れる動作を初めてでもなんとかこなせるのに、いまだロボットには難しい。これは単純に学習データ量を増やすだけで解決する問題ではない。」

2. 「Advanced Machine Intelligence(A.M.I.)」という視点


2-1. AGIではなく「A.M.I.」

ヤン・ルカン氏は、「AGI(Artificial General Intelligence)」という呼称を好まず、「AMI(Advanced Machine Intelligence)」という概念を提案しています。理由は、人間の知能そのものが実は万能ではなく、意外に“狭い領域へ最適化”されている点にあるといいます。

「人間の知能も決して何でもできるわけではなく、専門性がある。‘General Intelligence’という表現はミスリードになりがちだ。そこで私たちはAMIという呼び名を使っている。」

2-2. コモンセンスと計画能力

AMIにおいて重要なのは、「物理世界を理解し、常識(コモンセンス)に基づいて柔軟に行動を計画できるAIをどう作るか」という点です。人間や動物は視覚や触覚を通じて莫大な量の非言語情報を得ており、それが世界への理解や迅速な学習を可能にしています。テキストだけに依存した学習では得られにくい、この“多様な知覚と行動から生じる学習サイクル”をAIに取り入れる必要があると強調されました。

3. 新たなアーキテクチャへのアプローチ


3-1. エネルギーベースモデル(EBM)

従来のLLMに代表される「一方向的予測」ではなく、エネルギーベースモデル(Energy-Based Model, EBM) を用いた推論過程が有望視されています。これは、入力と出力(観測と予測)の「適合度」をエネルギー関数として定義し、そのエネルギーを最小化する出力を探索(最適化)する仕組みです。

「複雑な問題なら、答えを得るのにもっと時間をかけるべきだ。人間が難しい質問をされたとき長く考えるのと同じように、AIにも推論のステップ数を柔軟に変えられる仕組みが必要だ。」

3-2. Joint Embedding Predictive Architecture (JEPA)

EBMの具体的な実装例として挙げられたのが、JEPA (Joint Embedding Predictive Architecture) です。これは、生成モデルのように生データそのものをピクセル単位で生成するのではなく、「抽象化された表現(エンコードされたベクトル表現)」同士を比較・予測するのがポイントです。
映像などに対して次フレームを厳密に生成しようとすると膨大な不確実性(たとえばノイズや偶然の要素)が障壁になります。しかし、JEPAでは、“重要な特徴のみ”を抽象的に比較し、そこに含まれる「物理的・因果的構造」を学習しやすくすることで、効率的にコモンセンスを獲得させようと試みます。

4. 世界モデルとプランニング


4-1. 行動計画への応用

ルカン氏の講演では、「ロボットが物理的な行動を計画するためには、世界モデル(World Model)が不可欠」であると強調されました。世界モデルとは、現在の状態と行動(アクション)の組合せから次の状態を予測する関数のことで、例えば「ロボットアームで物体を押したら、どのように動くのか」を学習します。
学習がうまくいけば、ロボットは内部シミュレーションで「もしこれをしたらどうなるか」を高速に繰り返し、目的を達成できる行動列を導き出せるようになります。これをモデル予測制御(Model Predictive Control)と呼び、古くから制御工学で研究されています。

「たとえば、散らばったチップを特定の位置に集める場合、内面で“このアクションでチップがどう動くか”を連続的に予測し、それを最適化する。それが人間や動物に近い学習と計画の仕組みだ。」

4-2. 階層的プランニング

人間が行う計画は、しばしば「階層的」だと言われます。たとえば「NYの自宅からパリへ行く」という大きな目標を、1) 空港へ行く、2) 飛行機に乗る、といったサブゴールに分割し、さらに細かい行動(ドアを開ける、タクシーを捕まえる等)を組み立てます。しかし、現在の機械学習・ロボット技術でこの階層的プランニングを「学習によって」獲得するのは極めて難しく、依然として多くが手作業に頼っています。

「完璧な水平分割ではなく、抽象度を適切に変化させる階層的モデルが必要。そこにはまだ大きな研究上のブレイクスルーが必要だろう。」

5. 今後の展望と課題


5-1. オープンソースプラットフォームの重要性

ルカン氏は、研究開発の健全な発展のために「オープンソース」が不可欠であると力説しています。大規模なAIモデルは一握りの企業だけで独占されるべきでなく、世界中の研究者がアプローチを共有し、多様な言語や文化に対応した開発を進める必要があるからです。

「将来は、常時メガネ型端末などを介してAIアシスタントとやり取りする社会になるかもしれない。そのとき、世界中あらゆるユーザーの言語・文化に適応するなら、オープンな基盤が不可欠だ。」

5-2. 今後の研究トピック

講演の締めくくりとしては、以下の研究トピックが示されました。

  • JEPAの拡張: 隠れ変数(latent variables)を扱う手法、より複雑な環境への適用

  • ハイブリッド最適化手法: 高次元空間での探索・推論を効率的に行うアルゴリズム

  • 学習コストの最適化: コントロール手法のコスト関数や安全性を学習で獲得する方法

  • 階層的プランニング: 上位レベルの抽象計画と下位レベルの具体的アクションの自動獲得

そして氏は、「研究分野で差別化を図るならLLM一辺倒ではなく、新しいアプローチを開拓すべきだ」とメッセージを残しています。すでに多くの人材と巨大計算リソースが集中しているLLM領域以外にも、未解決問題は山ほどあるというわけです。

ヤン・ルカン氏のAI Action Summit 2025での講演は、生成型モデルによる一見華やかなブレイクスルーの裏側に潜む「実世界における常識的推論や物理的操作能力の欠如」を鋭く指摘し、次なるステップとしてエネルギーベースモデルや世界モデル、階層的プランニングなどの新しい枠組みが欠かせないと説きました。

今後のAI研究が、人間や動物と同等の物理的理解や柔軟な計画能力を獲得し、“実世界で動作する汎用的な知能”へと近づくためには、単にデータ量やモデルサイズを増やすだけでは不十分です。オープンソースの活用や多様な研究者の連携によって、現在の“テキスト中心”の学習パラダイムを大きく拡張していく必要があるでしょう。

「私たちが目指すのは『人間レベルの知能』というよりも、『様々な物理的環境に柔軟に適応できる新たな機械の知能』だ。そこに向けたブレイクスルーはまだまだ先だが、取り組むべき興味深い課題が数多くある。」

この言葉が示すように、次のAIのかたちは“広大な未踏領域”を含むものであり、そこには私たちが本質的に求める実世界での知能のヒントが隠されているのかもしれません。


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